忍者ブログ

湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

「ブリアレオスの遺骸」のプロトタイプ

ライドウとゴウトの、コンビ(?)組んで間もない頃
……の、一部抜粋。
「つづきはこちら」から読めます。

軽く書くつもりでしたが、筆がのってきたので最終的な文章量で掲載場所は決めます。
ゴウトもライドウも、互いを理解しようとしない。


ブリアレオスの遺骸



"El ingenioso hidalgo Don Quijote de La Mancha"

ふっと落ちてきた呟きは、この国の言葉では無かった。
祝詞では無いと認識してから、我も初めて気付いたのだった。
『何か云ったか』
「いえ、何も」
『……あまり喋らん方が良いぞ、お主の隣に人間は居らん』
丑込め返り橋ではあるが夕暮れ前、そして天候のせいで暗い。
時折通過する影が、どちらの世界を往く者なのかを見定めんとする程。
異界では無い為、殆どが人に違いない筈だが……
「気違いと思われて結構」
『此の一帯を護るという勤めは如何する、信用を失くされては困る』
「さて、僕は神でも仏でも御座いませぬ。故に、皆から万遍無く其れを得る事は、不可能と思いますが」
『……せめて喫煙は見えぬ処でやれ』
「ああ、しかし触らぬ神に崇り無し、という言葉も有った様な?神には成れているかもしれませぬ」
欄干に着座する我をちらりと見下ろし、哂う書生。
形の良い唇が、弓張月の如く撓んだ。吐き出された紫煙が、空を隠す。
やがて雨がしとしと降り出すと、十四代目は胸元を探り管を光らせた。
召喚されたコロボックルが我のすぐ傍に立ち、蕗の葉を掲げライドウを雨から守る。
まさか、傘代わりに先刻勧誘したのだろうか?
いいや、考え過ぎであろうか。真に濡れたくないのなら、傘を持てば良いだけの事。
「都合良く振ってきたというに、現れませんね」
『……そうだな』
雨に足を速める通行人が、傘も差さずに煙草を吹かす書生を訝しげに一瞥し、過ぎて往く。
「帰還しましょう、今宵の雨はお気に召さないのかも」
『少し待て、本降りになれば来るのかもしれぬ』
この男……雨味のせいにして放棄するつもりか。
“雨の夕に橋を渡る者から《通行料》をせしめる悪魔が居る”との噂が、我等の耳に入っている。
わざわざ天候の怪しい本日を狙い目とし、探るべく此処に居るというのに。
「祈るより水せきとめよ天河これも三島の神の恵に――……」
『何だそれは』
「雨を止める和歌に御座います童子、しかし止む気配は無いですね」
『折角の雨を止ませるつもりか、おい……くそ、鳴海の奴が被害者達からしっかりと聴取していれば、悪魔の目星もついたというに』

最終確認といった風に、周囲を見渡す十四代目。
人足もすっかり途切れ、我々が接触されぬ今、他には何も訪れる気配が無かった。
指先で葉を揺らした張本人の学帽を、落ちる露が叩く。
「もう用事は済んだ、傘は要らぬ」
『ほっほ、そうかえそうかえ』
「前払いはしたろう?それとも足りないか?」
『……いんや、お前さんのMAGはと~っても濃いからの、さっきので充分だ、ほほ……』
コロボックルに語りかける十四代目は、有無を云わせぬ笑みである。
鞘に手を置き、親指で鍔を押し上げては戻し……其れを「きち、きち」と繰り返していた。
確かに上背は有る方だが、いかつい図体という訳では無い。
この男には、奥底より滲み出る異様な圧が有った。
『おい、別れるまでは一応仲魔だろう、少しは穏便に済ませろ』
我が一声添えれば、恐らく妙な事にはならぬ。
気の長いサマナーでは無いと暗に教えてやったのだ、早く失せるが良い悪魔よ。
「……ではまたの機会が有れば、好好爺」
『そいじゃの、おさらば~』
十四代目の言葉にくるりと背を向け、欄干を駆ける小人。
ふと、橋と水路を鳴らす雨以外の音が、鼓膜に残響した。
涼やかな、遠くの虫の音程の微かなそれ……
次の瞬間、抜刀した十四代目の切っ先がコロボックルの脇を掠める。
欄干から落ち、橋の中央にぼてっと転がる小人。
『ひっ、ひえぇ……』
「僕の用事は済んだ、しかしヤタガラスの用事は未だ」

破れた民族衣装の目から、ほろほろと転がる光りもの。
おはじきや貝殻釦、それに……鈴。
小銭も何枚か混ざっていたが、大した額は無い。
『これは……』
「通行料としてこの悪魔が押収した物品かと」
コロボックルは慌てふためき、それ等を拾いもせずにトタトタと離れて行く。
其処に数歩で近接し、前に回り込んだ十四代目。
てっきり攻撃でも仕掛けるのかと、固唾を呑み見守っていたが。
「待ち給え」
『ひっ、ひぃぃ命ばかりは』
「代わりにコレをあげよう」
先刻吹かしていた煙草の吸殻を、コロボックルの裂けた衣装に突っ込んでいるではないか。
学帽の下から哂う眼の、これまたいやらしい事。
「今後は道端で拾うか、真っ当に交渉して入手し給え。その辺の女児とて物々交換している」
『いやぁ、一応ホレ、傘代って事で……』
「がめれそうな相手には、事後請求していたのだろう?僕には事前交渉した癖にねえ……」
『タダより高いものは無いって、お勉強になるじゃろ?暗い時間に出歩くお子様達には良いお灸になったろぅ』
「煩いねえ、放っておいてもせこい男はもてないし、奔放な女はそういうつまらぬ男で花を散らすのさ。勝手に人の世で知る羽目になるのだから、棲み分けてくれないと困るのだよ」
これ見よがしに切っ先を揺らし、艶めかしく刀身を光らせている危険な書生。
それにつられ、ようやくヘコヘコとお辞儀しながら夕闇に消えたコロボックル。
『ほほ……そいじゃ失礼~』
納刀音の直後、カツカツと革靴で橋を鳴らす十四代目。
腰を屈めて拾う仕草に、溜息のひとつも無い。思惑通り、といった風が外套を揺らしている。
『あのコロボックルが犯行者なのだと、いつ気付いた?』
「先日、探偵事務所から出てきた被害者と鉢合わせたでしょう。当時の僕等は彼女が被害者などと知る由もありませんでしたが……彼女の帯に括られた根付には、鈴が無かった」
『よもやそれだけで判断したのか?』

ああそうだ、確かこの男「素敵な根付ですね、少し見せて頂けませんか」とか唐突に云い出しおって。
しょげた顔で銀楼閣から出てきた少女が途端に頬を染めた、あの軟派な光景が甦る。
一寸ばかり根付を指先に取り、すぐさま返却したので、てっきり口説く口実なのだと思っていた。
いかにも、色恋に憧れる少女を弄びそうな奴だ。葛葉を継いだとはいえ若い男なのだから……

「あの根付けは、毘沙門天様に並ぶ露天商が売っている物。竹細工の毬の中に鈴が入った構造ですが、被害者のそれには中身の鈴だけが無かった」
『自身で抜き取った可能性は』
「竹毬には、ばらされた形跡は無い。中身だけを綺麗に抜き取るのは至難の技です。肉を開かず、人の臓物をすっかり抜き取る事ならば悪魔連中は得意でしょう?まあ、コロボックルの獲る物なぞたかが知れておりますが」
雨とガス灯によってきらきらと濡れ輝る、その光りものはどれも子供騙しな品ばかり。
身内にでもくれてやるつもりだったのか、それともコロボックル自身がまるで鴉の如く奪ったのか。
「蕗の傘を差し出されたならば、子供は大抵喜び入るでしょう。橋を渡り終えた辺りで、恐らく物騒な事を述べて物をかっぱらうのです。」
『……まあ、命を弄ぶ類の悪魔でなくて良かったわ』
「ほら、この鈴。頭に響くでしょう、まるで悪魔の声の様に」
片手掌で包み込み、リリリ……と振り鳴らす十四代目。
やや籠ったその音は、妖精や魍魎のささやきにも近い。
「此れを売る露天商は、普段は霊具を普金王屋に卸している職人。小遣い稼ぎに時折、縁日に並ぶのです」
『では退魔の効力が具わろう、何故それを悪魔が欲するのだ。いくら音が軽やかで、光りものといえど……』
「時に童子、ノミにやられたりはしないのですか?」
これまた唐突な問いに、我は身体をぶるりと震わせた。
雨粒を全て弾ききれる訳では無いので、そろそろ寒い。この肉衣が嫌がっている。
『被害は有る。それを按ずるならば、晴れた日に我の寝床を干しておいてくれ』
「痒ければ引っ掻くでしょう、しかしやりすぎれば蚯蚓腫れとなる。耳が寂しければ楽を奏でる、しかし大き過ぎれば鼓膜が疲弊する。人恋しさに求める、しかし構われ過ぎれば途端に面倒へと変わる」
歌う様に呟く姿に、惑いは見えなかった。好奇心が過ぎる割には、この態。
襲名前から噂には聴いていた訳だが、実際関われば如実に感ずる。
情に絆されず、理詰めで生きているのだろう。
『聴き過ぎなくば只の鈴だと云いたいのか』
「はい。ご覧下さいまし、鈴に薄っすらと塗料が付着しているでしょう。あの竹細工に施されていた朱色をしている……中でころころと遊んだ折に色移りしたのかと」
『確かに、聴く程に特徴的な音色だ。しかし、万が一それがコロボックルの正式な持ち物だった場合には、如何するのだ』
「童子、お忘れですか?筑土の異界では最近、それこそ光りものが流行している事。互いに見せびらかし、気に入った物は交換したり」
『それならば、店から直接くすねはしまいか』
全て拾い集め、信玄袋にさらさらと注ぎ入れる十四代目。
それを外套の嚢へと納めると、腰を屈めたまま今度は我へと腕を伸ばしてきた。
『要らん、駆ければ銀楼閣はすぐだろう。雨濡れも好かぬが、お主の腕も同等に心地が悪い』
「人間の臭いがお嫌いで?」
『違う、とにかく自由が利かん事には落ち着けぬ』
「人の手に渡った物には……ほら、色々籠るでしょう、フフ……それが光りものの色艶を増したり、あるいは濁らせたり。悪魔は中古品が好きなのですよ、大勢の手垢のついた物が。だから店からくすねるより、持ち主から直接取り上げる方が心地好く、薄暗い快感が有るのです。我々の世界と同じく、盗難物よりも戦利品にハクが付きます」
雨の中、湿った外套はなびかない。
土の臭いに混じって、すらりと交叉する足下から香る。
白檀だ、それも香り高い。くすみや淀みの無い、纏う者の気を昇華させる類の……所謂本物だ。
『ほぼ毎日水を浴びているだろうに、そこまできっちり香を纏う必要が有るのか?色気付いたところで、葛葉の役目を捨て恋路に向く事は許されんぞ』
「程好く隠してくれましょう?硝煙臭だとか血臭だとか。合成香料は安価ですが、こうは紛れませんからね。高砂香料のゼラニオール、リナロール、ヘリオトロピン……幾つか纏ってはみましたが、今一つで」
『その為だけに纏うのか?』
「堅気の中にうろつくのですから。此れは嗜みに御座います、ゴウト童子」
『やくざ者の様に云うな、葛葉を貶すつもりか』
「葛葉四天王もかつての誉は霞み、今となってはカラスのおつかい係。塵山を漁り、腐肉と光りものを三本松に献上致す」
『き、貴様……!』
声を上げて哂う男を、我は追い駆ける。
結局、銀楼閣に到着した頃には、我の毛皮はじっとり。
一方の十四代目は、胸元から取り出した煙草の箱をトントンと。
抜き出され咥えられた一本は、湿り気も無く我の髭よりピンとしていた。


  まだ続く予定だよ!

拍手[0回]

PR

コメント

コメントを書く