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湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

『ヒステリヤ』サンプル
アナザーコントロール5で頒布したダンテ主コピー本「ヒステリヤ」のサンプルです。
本自体が5,000字程度なので、サンプルもとても短いです。



 休日に出るもんじゃなかった、駅も交差点も店も、どこもかしこも黒山の人だかりで波打っている。少し暑い、ジャケットは選択ミスだった。つい先日、買ったばかりのパーカにすれば良かった。新田が「これイイじゃん」としつこく推してきて、傍に佇む店員の存在感もあってか、財布を開いてしまったのだ。フードに装飾があったり、袖筒を渡るラインテープには何かのマークが踊っていたり……少しばかりポップな感じで、俺の趣味とは少しズレる。きっと、新田はそれを分っていて、俺に買わせたのだ。いずれ譲渡されるという望みを以て、推したに違いない。
 だから俺も意地になって、しっかり着用していた。絶対あいつに譲ってやるもんか、俺の金で買ったんだ。あいつはいつもそうなんだ、他力本願。誰もなあなあで済ませてくれなくなった時、あいつは一体どうするのか。なんか逆切れしてきそうだな、ああ嫌だ。そういう奴だろうと思いながら、なんとなく付き合ってやる俺も、もしかしたら同属の気が有るのでは? いや、もう新田の事考えるのは止めよう。どうせ学校で会う羽目になるし、調子の良いあいつの言葉を聴き流していたら、きっとどうでも良くなる、こんな感情は……


 信号待ち、見上げれば臨時ニュースがモニターに映し出されていた。キャスターは「サイバース」という単語をひたすら繰り返している。ここ最近、この会社の事ばかりだ。プライバシーを暴く下らない芸能ニュースより数倍マシだが、どうやらサイバース内の特定人物に世間は注目させられていて、これも気分は好くなかった。
 氷川という男が法に触れたのなら、そこを警察がハッキリさせてしょっぴけば良いだけだ。氷川の私生活を探ってどうする、宗教をやっているらしいが、それなら仏教とカトリックだって何かと云われて然るべきじゃないか。
「氷川さんて、ちょっと危ない雰囲気がカッコイイよね」
「それより、さっき見た外人さんの方がインパクト強くてもうダメ、プラチナブロンドってやつアレ? 顔もイケてた」
 近くの女子高生の会話が耳に入り、少し苛々した。それこそどうでも良いし、何に惚れたって個人の自由だが、どうしてこんなに癪に障ったのだろうか。俺こそが氷川を気にしている? まさか……


 足早になる、早く家に帰りたい。公園近くに来れば、規制テープがぐるぐると一帯を包みこんでいた。黄色と黒の警告色が目に痛い、毒蛇が幾重にも絡まり合って宙に浮いているかの様だ。
「おい、ちょっと、ちょっとで良いんだ通してくれよ。俺はアンタ等より尻尾を掴んでるんだ、悪いこたぁ云わねえから俺を中に入れてくれって。氷川の好きにさせたら、もっとヤバイ事になるぜ?」
 警備にあたっている警官に対して、ぺらぺらとまくしたてている男が居た。これまた鱗みたいな上着を着こんでおり、まったくこの公園付近は亜熱帯なのかと錯覚する。一瞬だけ横顔を見たが、ピアスに細髭というインテリ風な外見だ。言動からして関わるべきでない、こういう輩は己の正義の為なら反社会的行為だって平気でやるのだから。掻き集めた情報に一番踊らされているのに、どうしてそれには気付かないのだろう。全知全能にでもなったつもりか、何を知ろうが所詮人間なんだ、突然強くなるわけでも無い。
 待て、どうして俺は通りすがりに見た男を、こんなにも糾弾しているのか? 知りもしない、どこかのヤバイ奴を……どうして。



 ようやく家に着いた……妙に長い道のりに感じたが、体調でも崩しているのか? そういえば喉が痛い、渇いているせいか。道中購入したスポーツドリンクでも飲もうと思い、ホルスターバッグのジップを下げる。
 えっ、ちょっと待った、こんな鞄持ってたか俺? 脚が重い気がしていたけど、身に着けている事さえ忘れていたとは、自分に呆れる。黒いそのバッグは一旦ソファに置き、抜き取った缶を片手に俺も腰掛けた。プルタブを引っ張ると、銀色の音が微かに響く。小さければ小気味良く、度が過ぎると耳障りな、あの金属っぽい音の事。口付けて飲むと、なんだかよく分からない味がした。風味に覚えは有るのだが、どの製品か見当がつかない。缶の側面を見ると、青い頭巾の様な物を被ったキャラクターが描かれていたが、結局何かは分からなかった。最近テレビのCMもロクに観てないし、新製品の可能性も有る。俺はそういうのに疎いんだ、よく橘にも揶揄われたっけ。
 そうだな、たまにはテレビでも観るか……テーブルのリモコンを引き寄せて、電源ボタンを押す。電気がフッと呼吸してから、モニターがふんわり明るくなった。さっき交差点で見たニュースがまだ続いていたので、何の未練もなくチャンネルを替える。通り過ぎていくCMの中、片手の缶は見当たらない。もしかしたら、逆に廃盤商品なのかもしれない、そんなに悪くない味だというのに、世知辛いな。
「おい、聴こえないのか」
 ボタンを押し続けていた指が、思わず浮いた。テレビから発される声は真っ直ぐ俺に届き、制止を喰らった様に感じたからだ。
「そんなに眠っていたいのなら、そうすりゃ良い。しかし俺は納得いかねえな、悪魔として野垂れ死にたいなら御自由に。ゴミ箱も棺桶も必要無い、変わり種を喰いたい奴はゴマンと居る……きっと、オマエの死体なんざ塵一つ残らないだろうな」
 画面の中で、銀髪の外人が喋っていた。カメラワークがおかしい、外人の顔を正面から捉えて離れない。ビデオレターかよ……なんかそういう映画とか有るよな、大抵は猟奇的なジャンル。快楽殺人犯が被害者や刑事を煽る為に、わざわざ撮影して寄越してくるとか、そんなえげつないシーンだ。
「ほう、チャンネルはそのままにしてるじゃねえか、声は聴こえてるようだな少年」
 嫌な汗が流れる、また喉が渇いてきたのでスポーツドリンクを啜った。外人の声は徐々に大きくなり、俺は堪らず音量ボタンの《↓》を押した。駄目だ、利かない。仕方がないので電源ボタンにターゲットを移したが、外人が銃口を此方に向けて来たので、一瞬動きを止めてしまった。
「一発、頭でもぶち抜けばスッキリ目覚めるか?」
 不敵に笑った顔はアクション映画の俳優みたいで、現実味が無かった。当然だ、相手は画面の中のフィクションなんだから。
 それならどうして俺は動けずにいる? 銃口の暗い穴から、いつ凶器が放たれるか警戒している?
「それがイヤなら自分で起きな、ちゃんと受け入れろよ? お前は俺と同じ――……」
 外人の声にノイズが雑じったと思いきや、家が揺れた。遮光カーテンを咄嗟に開き、外を確認する。建造物の影が歪曲しながら、まるで陽炎の様に空に吸い込まれている。太陽は異常に輝いているが、熱さは無い。
 何が起こっている、このまま家に留まって大丈夫なのか。携帯と財布の入ったバッグを持ち出せば、とりあえずは困らないか。混乱を抑えつつさっきのバッグを掴み上げると、ベルト部分が勝手に脚に巻き付き始めた。ぎょっとして引き剥がそうとすれば、ますます食らい付いてくる。俺は悲鳴を呑んで、腰を抜かした。黒いベルトは数を増やし続け、この身体を締め上げてくる。痛い苦しい、心臓が爆発しそうな程、早く駆ける。このままでは死んでしまう予感がする、訳も分からず終わりを迎えるのは御免だ。苦しさから咽て、咳き込むと喉上に気配を感じた。何かが這っている? ひきつる腕をやっとの事で伸ばし、指先で探った。のどぼとけの膨らみに齧りついていたそれは、金属の蟲だった。

(ここから先は本誌にて)

ヤプーズの「ヒステリヤ」からイメージしたので、表紙も本文印字も赤です。
OFFページ参照して頂ければ写真あります。

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