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湿血帯不快指数

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真・女神転生4(ワルターとフリン)
ワルフリ? フリワル? 取りあえず暗い。
連載っぽく続いていた物のラストです。なので過去2作を読んでおくと、ちょっと判る小ネタ有り。

先日東京のショップで買いました、出てきたのはワルターだった…これも何かの縁か。

カオスルートを先日クリアしたので……忘れないうちに書きあげました。
結末を知っていたので、こういうラストを書く予定ではありましたが。ワルターをちょっと詰っている様に見えるシーンが多いので、ご注意下さい。
ハッキリ書いてはいないのですが、穿って見ればやや腐寄りかもしれないです。でも意識しなければ友情でしかない。
また後でサイトの方にアップします。その際に手直しするかもしれません。
ウサギの被り物は、頭装備「ウサソルジャーG」です。
私は買い忘れたんですけどね(爆炎の東京殆どウロつかなかった…)

 
 無題(タイトル思案中)


「なあ、お前いつまでソレ被ってるつもりだ?」
 振り返る度にいつも揺れていた黒髪も無く、血塗れのウサギがオレを無表情に見つめた。
 呼吸や視界を妨げそうな兜を、フリンはあの時以来ずっと装備している。
 あの時? 胸糞悪い、白と黒の森での邂逅だ。
 ホワイトメンとかいうヤツ等は、オレ達の頭ん中を読んでいるか……あるいは過去の殆どを知っている。
 そうでなけりゃ説明がつかない、知人を模した蝋人形の群れに。
「もう暫く」
「そんなに気に入ってたのかよ?」
「敵に視線を読まれない、返り血も顔に付かないからな」
「そういや、買った頃より赤黒い面積増えてるじゃねーのよ……ハハ」
 違うだろ、お前。
 白いイサカル見た瞬間、んなモン装備しやがって。
 握り締めるチェーンソーのスターターがいつまで経っても引かれないもんだから、答えは出ていた。
 そんなエグい武器を使っているせいだろ、一撃目に躊躇するのは。
 オレの鬼丸国綱を手渡して、スッパリと断たせてやった……過去の未練を。
 コッチについてきたんだから、もう過去の事は忘れると良い。
 
「ワルター、そろそろ起きろ」
 寄宿舎に居た頃では想像すら出来なかったであろう、驚きのモーニングコールだ。
 そういう機能がバロウズに有った筈だが、ここ最近はフリンで代用出来ている。
 理由は何となく読めている、顔を見られたくないんだろ。
 目覚めればあの不気味なウサギが、貼り付いた様な笑みで俺を見下ろしている。
 ま、魚のツラじゃないだけマシと思っておくか。
 フリンが遺物として魚の帽子を拾ってきた事が有ったけど、すぐに捨てさせた。
 頭の上に魚の顔だぞ、四つの眼に凝視されている気分になって怖いだろ。
 そんなどうでも良い昔の事を思い出しながら、目が冴えてくるまで無機質な天井を見ていた。
 やがて上体を起こしたオレへと、抑揚の無いくぐもった声がかかってくる。
 ウサギ頭は、フリン本来の声も遮ってしまう。
「釣りに行こう」
「唐突だなおい、っていうかこの東京で釣れる所なんか在るかぁ?」
「巨大な水槽を構えた飲食店が在って、其処の廃墟でまだ魚が繁殖しているらしい」
「都市伝説じゃねーの?」
「かもな」
 適当な応酬……今更都市伝説も何もあるかよ、自分で云っておきながら失笑モンだ。
 埃を薄く纏った鏡と睨み合いながら、オレは身支度を済ませた。
 此処が民家か詰所かは判らないが、使える物と寝床さえ有ればいくらでも拝借出来る。
 悪魔が闊歩し、打ち捨てられた様な空間でも、蛇口からは水が出るんだ。
 牧歌的そのものだったオレ達の故郷では、井戸水を汲んでいたってのに……馬鹿馬鹿しい。


 市ヶ谷から南下して、辿り着いた恵比寿。
 建物入口から地下へ降りていく、フリンの下調べを疑ってはいない。
 それでも暗いから一瞬廃墟かと思ったが、ボンヤリと灯りは点っていた。どうやら元々薄暗くしてあるらしい。
「なあバロウズ、入口んトコなんて書いてあったんだ?」
 ガントレットに問えば、先刻撮った映像から勝手に解析してくれる。
『MEDUSA……“メデューサ”ね』
「はぁ? なんか聞き覚え有る気が」
『スカイタワーで交戦したわよね、相手を石化させてしまう悪魔よ』
「物騒な名前でやんの、本当に飲食店かぁ?」
 そんなオレの心配をよそに、フリンは受付の悪魔と交渉を済ませていた。
 釣り竿と、魚籠と……思った以上にフツーな道具一式を渡されている。
『制限時間は一時間ですからねーえ!』
 受付から見送ってくるヘケト、水槽の中に居てもおかしくないその風貌に笑う。
 フリンに追従すると、テーブルが沢山並んだ大部屋を横切る形になり……照らされた水槽の脇まで来た。
 見上げると水面の向こうに不揃いな影が見える。なるほど水槽の上から釣り糸を垂らしてんのか。
 従業員用に設けられたであろう簡易階段を上りつつ、前方へ訊ねた。
「さっきテーブルで何か食ってる連中居たけど、食い物も提供してんのか?」
「釣った魚を調理してくれるらしいぞ、別でマッカが必要だけど」
「へえ、そりゃ至れり尽くせりだな。でもこんなトコで育った魚とか、オレ達が食っても平気なのかよ」
「ハンター商会の飯を忘れたのか」
「へへッ……そーでした」
 果たしてどんなグロい魚が釣れるのか……期待と不安なら、後者がデカい。
 ま、想像以上だった時はフリンに掴ませるか。
 並んで座り、竿を掲げて糸を放った。
 長い静寂、オレもフリンも暫く何も発さなかった。 
 周囲の悪魔も静かなヤツばかりで……そりゃそうか、煩くしたら魚が散るもんな。
「そういやお前、もうすんなり餌付けられる様になったんだな」
「なにが」
「釣り針に、餌……」
 やっちまったと、声が尻すぼむ。
 オレとしても故意ではなかったが、イサカルを連想させたに違いない。
「そうだな、ワルターに教わってからは苦労しない」
「おう」
「どうしてあのホワイトメンだけは、僕の名を呼んだのか」
「唐突だな」
「あそこで頷けば、彼を救えたのか」
「んなワケあるかよ――」
 竿が揺れた、引きが来たと思ったら、オレの手が震えていただけだった。
 浮かした腰をすぐさま落ち着け、糸ではなく言葉の続きを手繰り寄せるハメになる。
「……じゃあ訊くが、お前はあれが本当にイサカルだと思ってるのか?」
「本物なら良かった」
「お前、そんなんでこの先やってけんのか? 過去の同志に未練残してたら、精神的に持たないぜ」
「あれが本物だったら、僕の手でとどめを刺せた事になるのに」
 なんだ、オレが想像していた思惑とは少し違った。
 ただ、どこかモヤモヤが残る。それなら何故、立ち振る舞いに潔さが無いんだと。
 顔を隠して、オレに武器を持たされてようやく……だったじゃないか。
「あのホワイトメンは……“いつも救ってくれない”と云ってた。もしかすると僕は前世も来世も、イサカルを見殺しにし続けるのかもしれない」
「本の読み過ぎだろ」
「お前が読まなさ過ぎだ、ワルター」
「ちょっと待て、んなこたぁねえぞ。お前の読んでる何冊か、バロウズに要約してもらって内容だけは知ってるぜ」
「それは“知っている”だけだ」
「おい、ソッチの糸引いてるぞ」
「書いた人間や、それを読んだ僕が何を想うのかだとか、そういう事まで想像しないだろ、本の中で全て完結しているんだお前は」
 訴えかけても反応が分からない、実際視線が読めなかった。
 血塗れウサギが、躍る糸と波打つ水面を見据えている……様には見えた。
 いや、本当は殆ど見えていないんじゃないのかソレ。
「釣りに集中出来ないなら、もう戻るか?」
「明日、行こう」
 フリンの返事に、ピタリと止まった。糸の揺れとオレの呼吸が。
 まるで告白されたが如く、高揚する。
「ルシファーの元へ」
 すぐにでも合体したかったオレを諫めて、数日間も彷徨ったんだ。
 見かけに反して頑固なお前が、たった今折れてくれた。
「フリン……明日目覚めたら気が変わった、なんて云うなよ?」
 浮足立つオレの気配を察したか、以降此方の糸に魚は全く掛からなかった。
 これは明日、フリンより早く起きてやろうと心に誓った。


「違和感がある」
「悪かったな、そんな気になるなら自分で結い直せよ」
「どうせ外からは見えない」
「結局そのウサギ頭、取らないのかよ」
 他愛無い会話の隙間に、カードキーを通す。
 重い音を立て開く金属、無限発電炉ヤマトの麓には数日前と同じ形で佇む女。
「やあ二人とも、話はついたのかい? 此処へ戻って来たという事は、そういう事だろうね?」
 声音だけは外見に逆らっていない、でもその中身をオレ達は知っている。
 容易く傷を癒し、魔界の森から此処への路を開いた……大天使とやり合える、強い悪魔だ。
「ああ、当初の予定通りオレが合体する」
「やはり君か。そちらの……フリンは、良いのかな?」
 左右の色が違う眼で、ルシファーがフリンに微笑みかける。
 似たような笑みのウサギは、こっくりと頷いた。
「異論は無い」
「そうか……ふふ、ワルターの最期をよく見ておくが良い」
「……もう少しだけ、会話させて欲しい」
 別れの挨拶だろうか、オレとしてはいつもの調子でさらっと向かいたかったんだがな。
 申し出を許可する様に、ルシファーが微笑みのまま視線をオレへと流した。
 フリンはオレの腕を軽く肘で小突き、ヤマトに背を向け移動を促してくる。
「本気か」
「今更だろ? この数日間、毎日答え続けたぜ。今が最高な時で――」
「“何かの為に死ねるって最高だ”……こうか」
「おう、憶えてくれてんじゃねえの」
「……ワルター、お前を止める気はもう無い。そもそも僕はついてきただけだから、お前の軌道を修正させるに値しない」
「難しく考えるなって。オレは新天地で愉しくやってるって、そんな風に思っとけよ」
「未来を迎え撃つのが、そんなに怖いのか」
 確かに、フリンの声音は咎める様な色をしていない。
 だからって諭すようなソレとも違う……抑揚の無い、寝起き時の様な。
 でも、ソレともやはり違う。
 今、オレに差し向けられる言葉の端々には、妙な覇気が籠っている。
「オレは死ぬのは怖くねえよ」
「違う、生きている事が怖いから死にたいんだ」
「……説明をくれよ」
 いつもなら、此処で一寸の間が開くか、それか考え込んだフリンの気分が変わって、発言を止める流れになる。
 それがコイツ、間髪入れずに返し始めた。
「お前は漁師の村に生まれ、その路を生きる事に不満を抱いた。サムライになってガントレットを得て、見聞を広めては身分格差に不満を抱いた。故郷どころか国へも戻れない路を選んで尚、世界に不満を抱いた。生きる場所が、既に選べたのに……お前は、いつの時も今を疎んだ」
「我儘とか、独り善がりだって云いたいのか?」
「それでいて、今を壊そうと……魔界を開き、ルシファーと合体して、死のうとしている。壊した後の世界に、興味は無いのか」
「……頼んだじゃねえか、お前に任せたって。きっとお前なら上手く、新しい世界を――」
「自分が統べる世界も、僕が統べる世界も、期待が抱けないんだろ! 同じ暗闇なら死を選んだ、それだけだ!」
「ヤケじゃねえよ! 自殺のつもりだってねえ!」
 自然と互いにガントレットをOFFにしていた。
 記録されたくないくらい、己の心を曝け出しそうだった。
 ただ、曝け出した所で、オレが吐く言葉なんざいつものままで……フリンの言葉が烈火の如く覆い被さってくる。
 いよいよ語気が荒くなってきた、釣った魚を殴り殺している瞬間のお前を彷彿とさせる。
「ワルター、お前は“未練は無い”と云うが違う、希望を想像出来ないだけだ。燃える東京で会ったアキラを笑ったろう、何故、どこか可笑しかったか。方法は問わずあれも強さだ、アキラが勝ち取った。その強者が望む平等を咎めるお前は、本当の意味での“強い者が望むだけ変えられる世界”を受け入れられない。自由と秩序の有無を違えている、お前は……」
「もういいフリン、無理してオレに付き合うんじゃねえって」
「でも……でも、お前にそうさせてきたのは、僕かもしれない」
「唐突だな、どうしてそうなるんだよ」
「リリスに唆された時、お前は一瞬躊躇った。魔界なんかを開いて大丈夫なのかと、そんな目をしながら僕を見た」
「お前が……背中押した憶えもねえけどな」
 驚いた、云われて鮮明に思い出せた。確かにあの時、フリンを見た。
 オレは迷った、それは図星だ。大勢が死ぬ事くらい想像出来た、それが出来ないほど赤ん坊でもない。
「僕があの場に居なければ、考え直したんじゃないか」
「オレの決意がその程度だと?」
「僕がお前を選んだのは、兄貴分の代わりが欲しかったからじゃない」
 興奮の血潮が逆流しているみたいだ、酷い寒気に変わる。
 イサカルの末路と呪いの様な呻きが、一気にオレの腑に落ち始める。
 あの男にとどめを刺せと云ったのは、オレだ。早く楽にさせてやれと、フリンを急かした。
 指摘されてみれば、打ち消せない程の諦念感……そうだ、惨めに存在している自覚が生まれた時、それを強く意識した。
 生きる事への虚しさを。
「……お前と居れば、確かに悪い事が出来ると、見られると思っていた。ただ僕は、悪い事の規模なんかどうだって良かった。知らない事へとお前が引っ張ってくれる、そんな予感に中てられて傍に居ただけのつもりが、お前を引き返せなくしていたとしたらどうしよう、どうすれば……ワルター」
 反射的に、ウサギの眉間辺りを掌打した。
 よろけた其処に目掛けて云い放つ。
「な? やっぱ、オレが適任だろ」
 フリンは即座に体勢を立て直すが、追い縋って来る事も無い。その熱しやすく冷めやすい、金属みたいなお前が楽しかった。
 無機質に見えて、しっかり叩けば音がする。空気を震わせるだけの、何かが具わっていた。


「もう別れは済ませたのかい?」
 オレはルシファーの隣に腰を下ろし、胡坐した。
 こんな瞬間まで……いや、だからこそ頭に被り物をするのか、お前は……
 じっとオレを見つめるウサギに、現実感が失せてくる。
 いいや、元々どこか夢見心地だった。目覚めれば同じ朝、同じ空、同じ暮らし……そういう映像を繰り返し見せつけられている様な。
 サムライになってからも、暫くその感覚が払拭出来なかったんだ。
 死に際のイサカルは、フリンに“立派なサムライになって国を変えてくれ”と云い残した。
 本を読んだとはいえ、カジュアリティーズであの発想。
 やっぱオレは、あの野郎と近かったのかもしれない。
 早くとどめを刺して欲しかったのは、酷く見苦しかったからだ。
 あの姿を見てしまったから、オレはこうしてフリンに後を押し付けて離脱しようとするのか。
 さっきの、止め処なく湧き上がるフリンの言葉を聞いて、どこか安堵していた。
 本当の意味でモヤモヤの正体が分かった気になれた。霧を払えば空っぽだったんだな、結局。
「滑稽な能面で顔を隠して、君の心を慰めているのかもしれないね、ワルター?」
「あいつが何処かズレてるだけだ、気にすんな」
「そうか、ふふ……」 
 柔らかい茶髪が、肩を滑り落ちる。
 こいつの中身が普通の女なら、鼻の下も伸びた筈だってのに。
「少し痛いが、なに、戦闘中に気を失うといった程度のものさ。意識を手放すまでの辛抱だからね」
 奥歯をギチリと食い縛り、膝に乗せた手指の爪が肉に食い込む。
 背中から細い繊維を、幾重にも侵入させられる感触。サムライの制服なんて、抵抗にさえなっちゃいない。
 オレへの侵食に比例して、ルシファーの体からバキバキと骨か羽の様なモノが生え始める。
 そのひと振りが伸び切ると、想像以上の間合いにハッとした。
 一歩退いたフリンの首が撥ねられたのかと、思わず腰を浮かしてしまった、昨日の釣りの様に。
「おっと、手が滑ったよ」
 嗤うルシファーの声と、オレの肉を抉る水音の中。
 ウサギ頭だけをふっ飛ばされたフリンが…………頬を光らせて、泣いていた。
 名前を叫ぼうと口を開いたが、血反吐になって宙を舞う。
 緩く乱れた黒髪のお前に、寝惚け姿が重なって見える。
 ここからが夢か、ここまでが夢か、最早定かじゃないが。
 最期がこれなら、良い夢だったかもしれん……


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「こんな所に何の用事が? フリン」
 湖面に映る己の背後、ゆらりと影が覆った。
 金色の悪魔王を、風に揺れた水面が掻き消して少女の姿に変える。
「ピアレイとケルピーの群れとすれ違った、交戦したのかね?」
 隣に腰を下ろし訊ねてくるが、返事もしなかった。
 いつまでそんな華奢な姿で居るのかと、疑問ではあったが問いかけるまでもない。
「此処で昔、釣りをしたね?」
 お前の実体験でも無いくせに、知った風に語るな。
 きっと、融合したワルターの記憶を、掻い摘んで僕に投げているだけ。
 それは記憶を見ているだけで、感触や薫りは薄いのだと思いたい。
 澄んだ湖面、戦ぐ青草、遠くの雲を綿毛の様にちぎる山々……
 放牧された獣の臭い、釣られた魚の光る鱗、虚ろな眼……
 もし、その感覚のすべてまで共有されていたとすれば、罵ってやりたくなる。
 体だけ奪われたなら納得出来た。
 記憶や思い出まで味わいながら、発現するは悪魔王のみとなれば……やはり狡い。
「君は自分が合体すべきだと、そう後悔しているのかい?」
 ルシファーが云い終えるのを見計らって、一瞥くれてやる。
 無視では無いので、否定と受け取れ。
 例え逆に受け取られても、どうでもいい。
「私は、君が残って正解と思うぞフリン……偽りの王国は滅んだが、君は王として新しく築き上げようとしている。これはワルター君には難しかっただろうね。彼の体を得て納得したよ。過去の記憶もおぼろげで、かといって強いイメージも抱かれておらず。刹那的な人間だ、彼は空の器だった」
「うるさい」
 ぴしゃりと制止して、ポケットから引っ張り出したキャンディーケインを湖に放った。
 すぐには沈まず、やがて魚影が恐る恐るつつきに集まって来た。
 こんなにも世界は荒れ果て、方々では黒煙が立ち昇るというのに。まだ湖には魚が存在している。
 壊し尽す事なんて無理なんだ、ワルター。リセットされない世界が必ず何処かに存在していて、身を守っている。
 それを笑う事も憐れむ事も出来ず、僕も僕でお前に云った言葉が跳ね返る日々が来た。
 血や視線ならウサギの面が防いでくれたが、言葉は何物をも貫通する。
「やはり交戦したのだろう、髪が崩れているぞ」
 くい、と尾の先を掴まれた。ひっつめた頭が軽い痛みを伴い、傍まで引き寄せられる。
「結ってやろうか、あの日の朝みたく」
 その声音に息を呑む、魚影からゆっくり視線を外し……麓の湖面を見た。
 僕の隣に、懐かしい影が有る。
 それが最早形だけの彼である事を、僕の理性が訴えた。
 押し殺した……自分の声が、客観的に聴こえる。
「……云っただろう、兄貴分の代わりは要らないと」
 怒りに任せて、いつか打ち上げた魚の様に嬲り殺してしまいそうで。
 震える腕でルシファーを払った僕は、相手も見ずに腰を上げた。
「それもそうか、もう下手糞と詰られるのも御免だしな」
 頼む、その声で茶化さないでくれ。快活に、それでいて何処か投げやりに笑わないでくれ。
 死体を運ぶ海面、戦ぐ旗、遠くの黒煙を羽根の様にちぎる悪魔……
 彷徨う獣の臭い、残された人肌に光る血脂、虚ろな眼……
 本物のお前ならワルター……これを見て、どう云ったろうか。
 更に動乱を招き、いつかの僕等の様に名乗りを上げる愚者の出現を待つのだろうか。
 そうしたらまた、僕はお前についていこう。
 “今”しか捉えられなかったお前が、先を期待する姿が見てみたい。
 悪い子の定義が分かるその時まで、黒いサンタと逢えるその時まで。
 一緒に居た時間、確かに楽しかったから。
 バロウズが何か云っているが、ガントレットをOFFにした。
 後ろも振り返らず、ミカド湖を後にした。


 -了-


結局何が云いたかったのか、という悶々とした最後になりましたが……恐らく自分がプレイした際、ワルターの説明に納得いかなかったせいだと思います。とはいえ元々、決別の時はフリンが饒舌になる、そんなイメージで二人を書いてきたのでいずれにせよこの様なラストになる予定だった。
最初に書いた「愛の無智」で、イサカルに髪を結ってもらっていた過去描写が出てきていたと思いますが……最後の日の朝、それをなんとなくワルターが自分もしてみたいと思った、というイメージ。それを承諾したフリンは、やっぱり顔をあまり見せたがらなかったとは思いますが(鏡前で結わない限りは、ワルターから顔は見えない)
良い夢だった云々は、確か真1のカオスヒーローが云っていた様な……そこから拝借。

メデューサという飲食店は実際有ります、興味の有る方は検索してみて下さい。巨大水槽の様子が分かります。

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