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湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

死者達のモンタージュ《真4F》
先日pixivに投稿したものです。

ナナシが死体写真ばかり撮っている事を、ふと疑問に思ったガストンの話。
時期的にガストンがヘコんでる辺り。ナナシがやや情緒不安定か?
カップリング要素は無いつもりですが、試読した友人からはナナガスっぽいと感想を貰いました。気が向いたらナナシとガストンで、もう少し書きたいです。皆殺しルートのとか…
※アサヒのスマホ内に数か月前の写真が有る理由は、多分続きで出てきます。

続きから、9,000字程度。



死者達のモンタージュ



 ああ気が滅入る、風も無い東京は淀んだ空気が滞留している。
 鼻腔を衝くすえた臭い、腐った作物とも何か違う。近付く程に濃くなる其れは、位置を宣言するかの様だ。
「あった」
 居た、と云わない辺りは彼の拘りだろうか、生物と静物の差を感じさせる。詩的というよりは、状態をそのまま表現しているに過ぎない風で。私の知る流れとは違う、随分と事務的だ。
 ミカド国では人死にが有ればまず修道士を呼び、悪魔が憑いているか否かを確認する。それから遺体の身を清め、故人の身の丈に合った葬儀を執り行う。地方の有力者が逝去した際など、数日の間半旗を掲げる場合もあった。村全体が静まり返っている様を、遠征先に見た記憶がある。
「この辺り、遺体が多くないか?」
「そう? ガストンさんがミカド国帰ってる間に悪魔も増えたかもね」
 応酬の合間にも、慣れた動作で行方不明者の報告をする君。遺体の腕に軽く触れ、起動させたスマホを操作し情報を送っているのだろう。画面の向きが逆で操作し辛いのか、しゃがむ場所を少しずらしている。
「フン、よくもそう易々と触れられるな、君は」
「何に」
「死者の身にだよ。もしかすれば妙な菌が繁殖していたり、悪魔が巣食っている可能性が有るだろう?」
 背後で待つ私を、座ったまま振り返る君。その眼はさも可笑しそうに撓んで此方を睨み、すぐに遺体へ戻された。
「何云ってんだよガストンさん、俺も死者でしょうが」
「……は」
「あっ、この人、錦糸町のハンター登録されてら……見覚えの無い顔、住所と活動区域別かな」
 私の返事に何の期待も無かったか、勝手に処理を続ける君。商会への報告は既に済んだ様子だ。
 仕上げといわんばかりに、遺体をスマホでぱしゃりぱしゃりと撮影している。ナナシは現場情報の保存にしては、これをいつも熱心に行う。以前も撮影に気を取られ、血でぬかるむ足場に滑っていた始末だ。
「悪いねガストンさん、もう少しで終わる…………お、わった」
「そんなに顔を近付けてよく平気だな、臭くないのか」
「ガストンさん吐きそうだけど、大丈夫? そんなに駄目だったっけ、死体の臭い」
「得意なヤツが居てたまるか! ハァ……とりあえず、君が無頓着で鈍感という事はよくよく分かった」
「そんなに腐臭酷く無いでしょこれは、血も抜かれてるし」
 その言葉に改めて遺体を見れば、確かに干からび始めている。枝の様な指先に、落ちなかった花弁が留まっている様に見えた。私の見つめる先に興味を示したか、ナナシがフッと息を吹き付ける。ひらひらと汚れた爪が煽がれ、私の鼻腔を改めて死臭が見舞う。
「やめ給え、遺体で遊ぶな」
「この辺、チュパカブラが居るからそんなに臭い死体無い筈だ、綺麗に吸ってくれる」
「我々の責務は行方不明者捜索ではないだろう、さっさと行くぞ!」
「そんな青い顔で?」
「私は平気だ……」
「我々って云ってたけど、ガストンさん無理に付いてこなくて大丈夫だって。もう東の十字軍じゃないし、俺達のサポートする必要無いし」
 君の台詞がトドメとなり、私は盛大にぶちまけた。
「うーん……熱は無いみたいだよね、お腹に菌入っちゃったのかなあ」
 私から体温計を受け取ったアサヒが、仲魔をスマホに戻した。
「とりあえず、ポズムディしといたから」
「……すまん」
「マント有って良かったね! スカーフとアレ洗うだけで済むみたいだから」
 みたい、という所が引っ掛かり、訝し気にアサヒを見上げた。逆光でよく見えなかったが、恐らく私を笑っている。
「洗濯係はナナシだよ」
「はっ? あいつが洗っているのか!?」
 上体を起こしたが、激しい衝撃に再び身を寝かせる。ズキズキと痛む脳天に目を瞑り呻いていると、扉の開閉音がした。
「あっ、洗濯終わったナナシ?」
「もう干した……なんか呻いてるけど、お前間違えて悪化とか使ってないだろうな」
「違うってば! ガストンが勝手に起き上がって、頭ぶつけたの!」
「二段ベッド下段って状況把握出来てないんだろ、脚もはみ出てるし……ソファの方が無難か」
「んっ、そいえばお粥作ってるんだった! ちょうど遺物に無洗米が有って、良かったねーガストン」
 ずっと目を瞑っていたが、こんな応酬は見ずとも全く問題は無い。一人が部屋を出ていく気配がし、続いてベッドの端が沈む振動……傍に誰か腰かけた気配だ。話の流れからしてナナシだが、正直目を合わせたくないので私は瞼を上げなかった。
「腰巾着に弱音でもゲロってた?」
 一瞬何の事か判らなかったが、数秒してから私の胸を抉って来た。私が以前、君の幼馴染に云い放った言葉だ。
「愚かと嗤うのなら、ハッキリ云ってくれて構わんぞ」
「誰が? ガストンさんを愚かだって?」
「そうとしか思えないぞ、その……私が改めて東京へ来てからの、君の態度」
「俺は何も変わらないけど、ガストンさんは妙にヘタレたね」
「君に……君に送信しただろう! 読んでいないのか?」
 仲間内での連絡網で、君宛てに投げた一文。あんな事を他者に伝えるのは、初めてだった。
 腑抜けた私は、藁にも縋りたい君達にとって、まさしく藁だったのだろう。それでも良かった、構わなかった。
「読んだ」
「なら把握しているだろう、私はもう……駄目だと」
「じゃあ何でついてくる?」
「なんで……だと?」
「俺が組もうって誘っても断れよ、何で駄目な自覚有るのにOKすんの」
「そ、それは」
「もしかしたら覇気が戻って来るかも、役に立てるかもって、そういう希望? 最近のガストンさん見てると、とても背中任せられないけどね。勝手に攻撃ふっかけるくせに弾かれて、学習しなさ過ぎ。自暴自棄は単独自爆のみでお願いしたいですわ」
 最早何も返す言葉が無く、私はゆっくりと瞼を上げた。はたして如何なる表情で私を苛めるのか、毒づく君の顔を一目見てやろうと……卑しい気持ちがそうさせていた。
 が、目の前には君も部屋の光も無く、狭い画面に血みどろの遺体だけが広がっていた。ナナシのスマホに次々と流れてゆく、発見遺体の数々だった。
「なっ……なんのつもりだ、また私が気持ち悪くならないかとか、そういうテストか?」
「奥見てよ、最近の写真はガストンさんも写ってる」
 君が腕の角度をゆっくり変えると、私の位置から見易くなった。確かに、遺体の向こう側には私の脚が見える。その面を指先で弄ぶ君が、ぴたりと動きを止めて云う。
「これも、これも、この次のも……ほら、死んだ顔ばっかり」
「それは君が遺体写真ばかり流し見せているからだろう」
「違う、ガストンさんの顔が死んでるんだって」
 云われてみれば、確かにそうだった。戦闘疲れだとか、そういった類ではない。
 鏡面加工の通路や、食品サンプルが展示されたショウケース……其処へと映り込む顔に、自身でもうんざりしていた。何処を歩いても何を目にしても、跳ね返って私を意識してしまう。つい最近までは、目に映るものすべての中に、私の場所が確立出来なければいけないと思っていたのに。その中で常にナンバーワンでなければ許されないのだと、そう思っていたのに。
「それは……遺体を目の前にして、気分が優れないだけだ」
「云っとくけど、悪魔の居ない地下道歩いてたってこの顔だし、今だってほら」
 ナナシの指が画面を幾度か叩くと、その面が私の顔面を映し出す。鏡の様な状態にしてあるのだろう、息を呑む私ののどぼとけが蠢いた。視線はうろうろと行き場を探し続け、血色も悪い。そういえば、最近は東京の不味い飯さえも喉を通す気力が無かった。
「ガストンさん、生きてる実感ある……?」
 スマホの画面を暗くさせた君は、座り直して私に問いかける。私はやはり応える事など出来ず、寝返りの素振りでナナシに背を向けた。暫くすると扉の開閉音が響いた、粥を持つアサヒが戻ったかと思ったが、静まり返る部屋に時計の秒針が響くのみだった。ナナシが出て行ったのだろう。情けない男に付き合う義理は無いといわんばかりの言動に、いよいよ私も腹を括る覚悟が出来た。


 結局、あの後頂いた粥の味は分からなかった。かなり薄く作られており、あれでは粥というより重湯だ。
 アサヒに以前の非礼を詫びれば、らしくないと笑われてしまった。其処でまた躓く、私らしさとは何だったというのか。他者の希望や理想、向上心を打ち砕く姿勢だったというのか、と。考え過ぎた所で、何が変わる訳も無し。私は故郷からすれば逆賊であり、東京からすれば異邦人でしか無い。そして私を頼った者達からも疎まれている事が分かった今、此処を去るしか思いつかなかった。
 あの時、牢にて注がれた期待のまなざしに、私は歓んだ。一時的な関係だったとはいえ、現金な状況だったとはいえ、ああいう瞬間に情が生じていくものと理解した。ただ、理解でしか無い。それ以上を構築していく術が、私には無い。
「待ちなって、槍どうしたの」
 ターミナル部屋に入った途端、丸腰の腰帯を掴まれた。同時に響く声音は、ナナシに違いない。私はゆっくり振り返る、相手は後ろ手に扉を閉めた。特徴的な頭髪は私の視点からだとかなり目立つ、やはりナナシ、君だった。
「ガストンさんのガントレットってお飾りでしょ、ろくに悪魔召喚も出来ないのに一人で何処行くの」
「私はミカド国に帰る」
「そりゃ公開処刑モノだ」
 いつかの私の台詞から拝借してやった、そう云わんばかりの眼をしていた君。意地の悪い性格なのだと、今なら判る。ニッと微かに嗤う仕草、耳朶の赤い粒がきらりと揺れた。
「ああ、そうだろうな」
「だろうって……処刑されたいわけ?」
「先刻、君に色々云われて考えた。確かに私は生きた心地がしていない、戦う意味も見いだせない。自分の居場所……等と云えばおこがましいだろうが。しかし守りたい場所も無いまま、何を相手にしろというのだろうか。私の定位置を探す事に、私はもう疲れたのだよ」
 ターミナルの転送設定をしようと、中央台座へと歩み寄る。だが、進んだ分を引かれ戻される。
「なんでわざわざ死にに行くんだ」
「私は既に死んだ様なものだと、君も云ってたじゃないか。それなら故郷の大地の上で、肉体を滅したい」
「死んでない!」
 台座から引きずり降ろされ、勢いのまま壁に打ち据えられた。骨が軋む、痛みが奔る。さっき世話になったベッドと同じ様な音が、頭に響く。柔らかさは全く違う。
「いつまでヘタレてんだあんた、馬鹿みたいに槍ぶん回して偉そうにしてる姿はどうした」
「指摘された通り、私には学習能力が無いので、君達の足を引っ張る」
「そんな事、別に良い……いつも通りその時はぐぬ~とか云ってろよ、あの高慢で生き生きしてたガストンさんは、どこ行っちゃったんだよ」
 胴着の襟首を掴まれたが、身長差のせいか苦しさは無い。絞められているというよりは、縋られている感覚だ。暫し沈黙が続いたが、先に君が折れた。
「そんなに逝きたければどうぞ」
 するりと手が離れたので再び台座に上がろうとすれば、今度は声に遮られる。
「でも、ガストンさんのガントレットって通行不可のエラー出るんじゃない。俺達の脱出に手を貸した事、あっちにバレてんだし」
「入国は拒まんだろう、ネズミ捕りの入口を塞いでどうする。ただ、出ようとすれば君の云う通り、恐らく鍵がかけられるだろうな」
「ネズミ……ぷっ、自虐のつもり?」
 嗤うナナシに多少ムッときて、私はいよいよ踵を返す。
 ナナシは目が合った途端、部屋の扉を大きく開けた。してやられた、これでは転送実行が出来ない。事故防止の為か、扉が完全に閉まった状態でなければターミナルは起動しないのだ。
「付き合ってよガストンさん、俺本来は南口に用事有ったんだ」
 煽いだ手で“来い”と仕草をする君。宙ぶらりんとなった気持ちの着地位置を其処に認め、私は部屋を後にした。


「毎月この日時になると、売りに来るんだ」
 南口の隅に、普段は見かけぬ光景を見た。ナナシは相手と面識が有る様子で、どうやら常連らしい。小さな包みを腰のポシェットに入れつつ、遠巻きに眺めていた私を呼ぶ。
「ガストンさんも、何か欲しい?」
 露天商の売物にロクな物は無い……そう思ったがしかし此処は東京、何処も闇市の様なものであった。
「安いのなら奢ってあげる」
「……私は不要だ」
「私“には”不要だ、でしょ」
 薄布の上に散らされた物資の、どれがどの様な効能や意味を持つのか……いちいち訊く気力も無かった。私の様子を見て察したか、売人はささっと荷をまとめると会釈だけして立ち去った。
「……ちッ、フロリダのマッチしか無え」
 金網に寄りかかり、火を点すナナシ。先刻買った物を一本取り出し、ジリリと焼き付けた。
「何を買ったのかと思えば……葉巻か?」
「そんな大層な物じゃない。チャグもペーパーも安物で、フィルターも遺物のハギレ使ってんの」
「おい、分かる様に説明しろ」
「これは紙巻き煙草。葉っぱは適当なミックスの、微妙に不味いやつ。巻いてる紙は……はは、名前入ってら、多分どっかのオフィスで回収された片布製の名刺。フィルターはアセテート、女物の服に多く使われてて、指先程度のハギレを吸い口に詰めてある」
「なに、不味いのに吸うのか?」
「つっても別にジャンキーじゃない、こんなの……ただの気分転換」
 ふーっと空に吐かれる煙は白く、暗い天への差し色となる。天気も何も無いこの地が、薄曇りになった様な錯覚を生む。それを君も意識しているのか、決まって空へと吐きつけていた。
「ネズミって危険感知して住処から逃げ出すらしいよ、だからミカド国へ戻るネズミも少ないんじゃないの」
 唐突に切り出す君。あっという間に燃焼しきった煙草をぎゅうっと潰し、取り出した封筒へと捨てていた。随分と愛らしい花柄の封筒で、恐らくあれも遺物のひとつ。東京の生活は統一美からはかけ離れていて、余裕の無さが窺える。それを以前は卑しいと感じていたが、最近は逞しいとさえ思える様になった。
「吸い殻は防虫に使うから」
「妙な知恵といい洗濯といい、まるで君はハウスメイドの様だな」
「はぁ?」
「私の家でカジュアリティーズのハウスメイドも雇っていたのだが、彼女は無駄を出す事なく仕事を進めていた。あの頃は気にも留めなかったが、今思えば給金以上の働きをしていたものだ。私からすれば不可思議とも云える知恵の数々は、彼女がひけらかす事なく着々と積んだ経験の賜物だったのだろう」
「今それ気付いて自分と比較して、またヘコんでるんだ?」
「みなまで云うまい、勝手に嗤え!」
 笑い声が響くと思ったが、遠くに響く虫の音と、悪魔の唸り声だけが間を取り持つ。嗤われるのは恥と思ったが、いざ反応が無いとそれはそれで困る。金網に身を預ける君の傍に寄り、自分も同じく寄りかかってみた。鮮明な感触に違和感を覚えたが、そういえばマントは洗濯中だった。
「ひとつ、訊いても良いか」
 外気に晒され頭が冷えたのか、疑問を思い出した。
「何」
「君は何故、遺体の写真を撮影する?」
「報告するから」
「先刻聞いたぞ……君の幼馴染が云うには、報告の際に写真は不要との事だ」
 粥を持ってきたアサヒが、食事する私の横から見せびらかしてくる写真の数々。面倒をかけた意識からあまり邪険にも出来ず、適当にそれ等を見てやった。実際彼女のスマホ内に遺体写真は無く、元気の無い植物や痩せ細った猫の写真ばかり。それも殆どがピンボケ気味で、ただシャッターを押せば良いと思い込んでいた私の概念を塗り替えた。ノゾミに良い画角を教わっていると豪語していたが、私にはその辺のセンスが無い為、評価は出来なかった。
「アサヒに云った? 俺が死体写真集めてる事」
「悪いが、確認の為に」
「別に良い。他の連中に知られても問題無いし、ノゾミ辺りは気付いてるんじゃないのかね」
「撮影の理由は」
「俺の事、屍体愛好家とでも?」
「……そうは思えない」
 根拠も無かったが「それは違うだろう」と思った。
 気付けばナナシがじっと此方を睨んでいる、眼と頬の傷が暗がりに淡く発光していて。最初見た頃、妙な化粧をしているものだと面妖に感じていた。
「俺もダグザに拾われなかったら、死亡報告される側だったろうよ」
「そういう事になるな」
「ただ、もしも俺が死んでから黄泉返るまでの間に……アサヒも悪魔もあの場に居なくて、どっかのハンターに報告されてたとしたら、どうなってたと思う?」
 報告後、遺体が回収されるまでずっと傍らに居る者の方が少ないだろう。となれば再び、遺体の君が取り残される……
「ほら、回収しに来たら死体消えてます、っていうパターンだよ。そんな感じの事が今後、無いとも限らんでしょ。それつまり、俺みたいな奴が他に居る可能性も考えない?」
「黄泉返った人間が他にも居る……と、君は思いたいのか?」
「回収される前に黄泉返って、すたすた何処か行っちゃった人……居そうでしょ」
「写真保存の理由は」
「いちいち全部の死体記憶してられないから、スマホに残しておけば街角で既視感ビビっと来たらすぐに確認出来る。ほら、めっちゃ居そうな気してきたろ?」
「例のダグザという悪魔が、聞く限りでは異端だぞ。そういう悪魔が他に居るのか怪しいものだ、滅多に目星をつけられる者は……」
「居そうって云えよ!」
 ナナシが声を張り上げた瞬間、向こうで門番をしているハンターが武器を構えたのが見えた。が、悪魔の襲撃では無いと判断したか、此方を一瞬見てから待機姿勢に戻っていった。
「俺一人な筈……無い」
 何故そこで君が憤慨したのか、いまいち解からなかった。同意がなかなか得られない事よりも、もっと先の理由についてだ。奇跡的に同じ境遇の者が居たとして、そこから如何したい? 語り合うのかだろうか、傷でも舐め合うのだろうか。
 フェンスに背を押し付け、空いた手で網目をギチギチ握る君。違和感が有ると思えばどうりで、その頼り無い背に刀も無い。「そっちも丸腰ではないか」と云いそうになり、寸での所で違う言葉に切り替えた。
「もし、ダグザとやらの様に人間に取り入ったとすれば、そいつは目的の有る悪魔だろう。君と相手が……と云うよりも、各々に憑いた悪魔同士が反目し合う事は考えないのか?」
「そうだね、ダグザの邪魔になるなら殺せって云われると思う」
「要らん火種を煽るなよ? 個人都合の喧嘩なら、私は加勢しない」
「“故人”都合の!」
 何が琴線に触れたのやら、先程と打って変わってげらげらと笑い始めたナナシ。酔っ払いでもあるまい、いちいち対応してやれるか。
「私はもう帰って寝るぞ」
「帰るって何処に」
「君の部屋だ、男共が仮眠する時は其処と決まっているだろう」
「ミカド国に帰んのやめたんだ?」
 指摘する君の厭らしい笑み、下品極まりない、酷く楽しそうだ。アサヒの見せてきた写真に、これと近い表情を見た。それは数か月前の……君がスマホを持つ以前の写真だという。


「私も撮ってみるか」
 南口の階段を下りつつ零せば、追い抜いてゆく君が失笑する。
「死体撮るのムズいよ、対象地面にべったりで動かないし、大抵外灯から遠いし」
「違う! 誰が遺体を撮ると云った」
「じゃあ何撮るの、そもそもガントレットって撮影出来るの?」
「映像中継出来るのだ、それくらいの機能は有るだろう…………今度、バロウズに訊く」
「使いこなして無いだけじゃん、頭アナログなんだねガストンさん」
 通路の人影を見るに就寝時間か、閑散としている。私のマントが干してある角を曲がり、萎びた植物の脇を抜け、ガラクタが山積みの入口まで来た。もし中でハレルヤが寝ているならば静かにする他無い、しょうのない会話も此処までがキリだ。ナナシがドアノブに手を掛けた所を「おい」と制した。
「君も死んでいない」
「……まぁそりゃ、ダグザに“生きてた状態”に戻されては居るけど」
「ソイツと利害が一致する限り、君は死人では無い」
「じゃあ一致しなくなったら、やっぱ俺は死ぬの」
 ほら見ろ、今「死ぬのか」と問うた。生きている自覚が有るくせに、死者を自称して。
 その上で落ち込む私を死者同然と罵っていた訳だ、生意気な奴。
「フン、そんな事を今から心配してどうする。その時に考えれば良い」
「やっぱガストンさん、頭アナログなんだ……」
「君の雑用に付き合ってやったのだ、感謝して今宵は休むと良い」
「うわぁ」
 へらりと哂いつつ、扉を開けた君。案の定ソファの端にはハレルヤが寝ており、もう一人は座れる空間がきっちりと確保してあった。其処へ歩み寄る私を遮り、ベッドを促す君。
「いや、あそこは私には狭い」
「でもソファよりは柔らかいし、脚出せば問題無いでしょ。病人は大人しくソッチ使いな」
 強く拒絶しても無意味と思い、有難さと渋りを半々にしつつ私はベッドの暗がりに寝そべろうとした……
 と、妙な硬さに飛び退く。おかしい、ソファ以上に硬い上に、妙な凹凸だった。異様に思いシーツをひん剥けば、黒装束の小娘が顔面を抑えて唸っているではないか。
「な、なじぇ貴様が此処に……此処は、主様のベッドの筈では」
「それは此方の台詞だ!」
「顔面……クッ、寝落ちしかけていたとは、不覚……」
 何をしているのだこいつは、まさかしょっちゅう忍び込んでいるのか? 背後で再び爆笑しているナナシを振り向けば、スマホのシャッター音が響いた。もしや、この可能性を察して私にベッドを譲ったのか、そうとしか考えられない対応速度だ。
「良い画撮っちゃうよ~」
 どこぞの女王の真似でニヤニヤするナナシに怒ろうか、先刻から私の腰帯をぐいぐい押し退けるトキに苦言を洩らそうか。迷っている間に目覚めたハレルヤの「おいそういやガストン、ゲロったんだって?」という言葉に何故か一番苛っときて、八つ当たりの様に「放っとけ!」と怒鳴り返した。



-了-

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