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【プロット】暗の中で俺と俺とが真黒く睨み合つた儘

※プロットの後にC氏へ渡したイメージ画

アナザーコントロール9頒布合同誌「暗の中で俺と俺とが真黒く睨み合つた儘」の脚本です。
《pixivのサンプル》

C氏に渡した原文そのままの為、ややざっくり。
漫画版では割愛されたシーンなどもありますので、本誌を入手してくださった方は比較してみるのも一興と思われます。
パスなど設けておりませんので、本を未所持の場合も読めます。
購入予定だがネタバレしたくないという場合は、漫画版を読了後にまたこの記事へお越しください。

以下プロットを読むより全文読めます↓


暗(やみ)の中で俺と俺とが真黒く睨み合つた儘

 

「ドンも鳴らぬ刻限から、精が出るね十四代目。またカラスにせっつかれてるのかい」
 此度、使いに出された理由は至極単純。『ヤタガラスの工作を妨害する者を掃討せよ』という命である。
 まさかそのまま伝える訳にもいかず、隣の客には「早起きのついでだ」とだけ返しておいた。きっとこの男もサマナーだろう。顔見知りでもないが、新世界に居る大多数はそうに決まっている。この世界の新世界も、大差無いだろう。
「ところでお前さん、そんな傷有ったっけね?」
「失態の痕を、あまりジロジロ眺めてくれるでない」
「はは、悪い悪い……成程、エリートも気性は未だ若造という事か」
 嫌味も無くさらりと云ってのけた隣の客は、それこそ何事も無かったかのようにマッチを擦る。彼の山高帽のつばを火が一瞬照らしたが、目許は見えなかった。
「そんな傷まで作って、イヤにならんのかい」
「甲斐が無い筈なかろうが、他人の道に水を差さないで頂きたい」
「どれ、実直に頑張っている十四代目にはソーダの一杯くらい奢ってやろうかね」
 勝手に注文を入れる男、自分は一言も返事していないというのに。
 しかし此方から何を話す事も無い為、沈黙をただただ紫煙が泳いだ。ああ、隣の客が吸うその臭い、嫌でも奴を思い出す。
 平行世界の十四代目……葛葉ライドウ。
 隣からスッと出されたソーダをすすり、少し物思いに耽る。
 
 


 
 ──あの面立ちを初めて見た時、懐かしさを抱いた。まだ傷の無かった頃の、鏡に映った自分自身だ。
 だが生き写しかといえばそんな事も無く、彼は極めて瀟洒な男であった。
 二人して歩けば目立つだろうに、それを面白がっては同行してきた。

 己の世界ではないから好き勝手出来たのだろう、平然と新世界に入り浸っては喫煙し、自分にもどうかと薦めてきては煙を吹きつけて哂う。持参したアルコオル(なんと悪魔用だ)を、注文したソーダで割って煽る。他のサマナーと宝石や、時には仲魔を賭けて博打をしてみたり。負け知らずの豪運の持ち主であった(もしかすると、イカサマでもしていたのだろうか?)
 
 新世界の中のみに非ず。奴は自分の知らぬ所で、散々悪魔を誑かしていたらしい。人違いをされた我が襲われる、そんな事が幾度か有った。それに苦言を呈すれば無言でマーラを召喚し、いつ此方にけしかけようかといった顔をして手に負えない(本当にけしかけられた事は、ひとまず無い)
 思い出せばそんな事ばかりだ、業斗でさえも「あちらのライドウの面倒をみろというのは、御免被る」と呆れていた始末。
 
 だが、奴に世話になった記憶もある。
 鉄塔にて、マーラを諫めてくれた事(粘液まみれの自分を見て、大笑いしていた事も忘れまいが)
 暫くアカラナで修行する自分を見かねては「宿無しめ」と哂い、奴が世話になっているあちらの事務所に招いてくれたりもした。我らを見ては不思議そうにする鳴海に対し、これまた適当な説明で済ませるライドウ。あの適当さが、自分には欠けていると思い知らされる。
 そうだ、一度だけ、奴の自室に迎えられた事もあったな。沢山の書物が棚に詰められ、寝台の枕元にも山を成していて。必要最低限の物しか置いていない自室とは、まるで正反対だった。
 とっておきだと見せてくれた銃は、シングルアクションの古めかしくも由緒ありそな逸品。支給されたコルトライトニングはダブルアクションである事からして、恐らく見せてくれた其れはライドウが個人的に入手した物だろう。奴曰く「ダブルアクションは発砲時に余計な振動が有る為、真剣に撃ちたい時はシングルに限る」そうだ。「悪魔との交戦時など、雨あられの様に弾を撃ち込むだろうに、貴様は日頃決闘でもしているのか?」と問えば、またもや哂ってかわされた。
 お目付け役(業斗とゴウト)が部屋に居ないからだろうか、普段以上に目の前の男は《葛葉ライドウ》から離れているように見えた。
 しかしデビルサマナーと育てられた性か、我らの話題はいずれも悪魔や怪奇に終結する。同じようでいて違う世界、葛葉やヤタガラスの在り様、超力計画やアポリヲンという蟲の話……
 『丸くなった未来の帝都』の話も出たが、それは平行世界より更に飛んだ別世界の話。自分が赴く事になるかは、神のみぞ知るといったところだろう、そう思って聴き流していた。
 
「雷堂、お前も奴と同じだけ経験値を積んでいる」と業斗は云うが、それは客観によるもの。自分は、それだけの活躍をしてきたという実感が無い。説明してみせよと云われれば出来ぬ事も無いが、あのライドウの様には語れない。
 あの妙な空気が、紡がれる言葉の強さが毒の様だった。人も悪魔も、好奇心に負ける瞬間がある。奴はそれを熟知するかの如く、葛葉ライドウとしての立場を満喫していた。少なくとも、自分にはその様に見えていた──
 




 ソーダ水を飲み干す頃、隣の客が口を開いた。
「今回の任務、自信の程は?」
 嘘の吐けない性格だ……諦めてそっぽを向き、言葉少なに返す。
「どうなるか見当もつかん、考えたくも無い」
「おいおい、それではゴウト様に叱咤されるぞ」
 肩を揺らす男は、胸元からすいと箱を取り出した。それをカウンターに置かれた新世界のマッチ箱と重ね、此方に滑らせてくる。
「僕はそろそろ往こうかね、一仕事の前に其れで一服するといい」
 自分は吸わないと云おうとして、辞めた。この世界のライドウは、この店で奔放に吸いまくっていたのだろう。明らかな矛盾は面倒を呼ぶ、黙って受け取った。
 山高帽の男はいつの間にか会計も済ませ、ふらりとドアから抜けていった。一瞬冷たい外気が入り込み、足下を撫でていく。
 暫く放心した後、吸うつもりもなく煙草を寄せた。見た所、既に開封済みだ。気休めに残り本数を数えてみたかった。
 開いた隙間から覗く白に、違和感を覚える。指を差し入れ引きずり出した其れは、効力を無くした使用済みの符だ。透けて何やら文字が見える、引っ繰り返せば裏側に一筆。
 
 ──多聞天にて待つ──
 
 慌ただしく会計を済ませ、外で待っていた業斗に説明もせず電車に飛び乗る。
 怪しい雲行きだった、掌を宙に翳す通行人も居る。
 翳りゆく路地を抜け、多聞天の前に立つ。あと一歩踏み入れば、恐らく何かが始まる気配。
『おい雷堂、急ぎ駆けつけたという事は、この先に奴が居るのか』
「別人であったところで問題も無い。直接文を渡されたのだ、来る事に意味は有る」
『今回は構わず抜けよ』
「……」
 即答せぬ自分を訝しんだ業斗が、軽く溜息した。だが対象から真意を聞き出すのであれば、機関も無碍にすまい。
 鯉口を切るか否やの姿勢で、敷地に踏み入れた。空気が変わる、一人分の影がすらりと立っていた。先程、新世界で絡んできた客だった。山高帽がゆっくりと波打ち、平坦になったかと思えば見覚えの有る学帽へと変質する(一瞬、技芸属の悪魔がちらついた、擬態していたという事か)
 つばに見え隠れする双眸は、此方を捉えて離さない。待ち構えていたといわんばかりに、奴の気が高揚している。それに負ける訳にはいかない、此方も強く出ねばならない。
「葛葉ライドウ、昨今の貴様はヤタガラスを妨害していると聞く。しかも己の世界ではなく、我らの世界のヤタガラスを、だ。何が目的か正直に吐け、場合によっては大目にみよう」
『おい、勝手に酌量の余地を与えるな』
 傍から業斗に叱責される自分を見て、いつもの様に哂うライドウ。
「僕が以前より機関に不満を抱いていた事は、君も知る所だろう雷堂」
 そんな情報を掴んでいたのか、と我を見上げる業斗の視線が痛い。
 気まずかった。今にして思い返せば、確かにそれらしき思想を奴の言葉の端々に感じられる。
「……何故、此方のヤタガラスを」
「予行演習さ、自分の方で失敗したくないからね」
「最終的に、何がしたい」
「目的なぞ形を変えていくものだ、断言は出来ないな」
「葛葉ライドウを辞めたいのか」
「というより君、未だに僕をライドウと呼ぶのかい」
 奴が外套から手を抜いた、読みの通り銃だ。自分は管を抜き、オシチを召喚したのが同時だった。
 銃撃を弾いた仲魔の影で体勢を立て直し、相手の手元を確認する。
 “とっておき”のシングルアクションのリボルバーが、此方に向いたまま……
「僕は僕なりに葛葉ライドウの十四代目をやっていたし、帝都もそれなりに満喫していたさ。あのテンプルナイトの様に、世界の流れまで変えようとは思わぬ。しかし雷堂よ、君も正直安堵していたのではないか、妨害される件に関しては」
 オシチの隙間から銃撃すべきか、だがこの手が震える、奴の言葉の続きを知りたい。
「魔を使い魔を祓う、それがデビルサマナーであると散々教わる訳だが……雷堂、駆除対象が人間である任務が、最近減ったとは思わぬかい。僕が妨害していたこの一時、真に己が悪とみなすものを調伏するだけの、純粋なサマナー業を謳歌出来たのでは?」
 抹殺命令が下った矢先、次々に行方をくらませる対象達。
 ああ、成程。すべてこの男が、ライドウが逃がしてしまっていたのか。
「つまりライドウ、お前は……納得のいかぬ人殺しが嫌だったのか?」
「悪魔と己を、他人の喧嘩の道具にされたくないだけさ」
「仲魔を賭ける行為は、果たして道具でないと云えるのか」
「あれは君、管の中身と合意の上だ。そうしてこれからも、気侭な連中だけ従えて好きにするつもりだ」
「唐突に役目を投げ出すなど、貴様の自尊心が許さぬのでは」
「帝都だって、そう矢継ぎ早に災いも降らぬだろう、それまでには十五代目が育っているよ」
「そんな問題か!」
 叫んだ自分の声が、どこか遠く感じる。オシチの脇から飛び出でて、丸腰のまま立ち竦む。
 ライドウは咄嗟に発砲してきたが、弾は此方の頬を掠めた。わざと外したのだと、精確な奴の腕が知らしめる。
「お前……お前っ、俺が認めた十四代目の癖に何をぬけぬけと! そんな形で降りるなぞ無益だ! もっとやりようは無かったのか! お前はそんな男では……ッ」
 手足が痺れ、突っ伏せば石畳が肌に痛い。自らの呼吸音が煩い中、頭上が暗くなる。
 覗き込んでくるライドウが、いつも通りに哂った。
「その傷の理由も分かる。案外、頭に血が上り易いのだね」
「……ソーダ、か」
「他人からの奢りには警戒し給え」
 靴先で額を小突かれた。視界の端に居る業斗は符を貼られて眠っている、恐らくこの世界のゴウト童子もどこかで封じられているのだろう。そうでなければ、機関がこのような……葛葉の暴走を許す筈もない。
「ダークサマナーと呼びたくば、すれば良い」
 ああ、逃せば二度とまみえる事も無い、そんな予感が心臓を鳴らす。
 動けぬ此方の耳元に、しゃがみこんで口を寄せるライドウ。
「僕は遠くへ往く、ただそれだけだ。では然らば、□□──」
 最後に俺の真名を呼び、そうして離れて往った。
 見送る事も適わず、足音と気配だけで悟った。
 
 
『あそこで治したら、それこそトドメを刺されてしまうと思い、わっち……雷サマの事を考えたら』
「みなまで云うな、その通りだ。下手に動かん方が良い」
 今更パトラを使うオシチは、ライドウに惚れた末に自分で妥協した仲魔であった。
 そんな事を思い出しながら、労いの言葉をかけ合う。奴から見れば、実に滑稽であったろう。

 ゆっくりと起き上がり、業斗から符を引っぺがす。バリバリと乱暴な音がして、実際痛そうだ。
『この世界の俺を……ゴウトを捜すぞ雷堂。恐らく何処かで足止めされている……どうした雷堂』
「少し休ませてくれ」
 砂埃を払い、いつもの場所に腰掛け項垂れる。肉体的な傷は特に無いが、何かがぽっかり抜け落ちた心地だった。
 気付けば小雨になっている空、石畳が色を濃くし、土の匂いがせり上がってくる。
「あれ、ライドウちゃんじゃないの、どうしたのそんなトコ座って!」
 聞き覚えのある声だ、顔を見ずとも分かる。この世界のお節介なご婦人は、ずいずいと隣に入ってくる。
「雨宿りかい!?」
「まあ」
「確かにこの雨なら、もうちょっとしたら止むとは思うけど……って何その傷は! 大丈夫なのかい!?」
「もう……何も痛くないです」
「ならいいけれど……ま、傷は男の勲章だからね! それより凄く顔色悪いけど、体調悪いのかい!?」
「好くは無い──」
「コレでもお食べ!」
 猛攻の挙句に、大学芋の包みを差し出された。がさごそと上を開けられたので、食べない訳にもいかず……ひとつ頬張った。このような状況でなければ、もっと美味しく頂けたろうに、非常に勿体無い。
 こないだ食べたのはいつだったか、ライドウと摘みながら雑談した記憶が蘇る。
 
 ──あの丸い世界、ボルテクスはまるで暗の中だった。新しく生まれようとする、卵の内の様な──
 
 奴は、殻を破り飛び立ったのだろうか。
 煮え切らぬ婦人を横に、ぼんやり思いに耽っていた。
 オシチの癖か、命じてもいないのにお節介焼きに発火を嗾けている。雨音まじりに心の声がした。
『きっと誰かと喧嘩したんだねぇ……でも大丈夫さ、若いんだから仲直りの期間は、まだまだ残ってるよ!』
 思わず乾いた笑いがこぼれた、まるでライドウの様な。
 いや……もうライドウと呼ぶのは、きっと失礼なのだろう。
 湿気た芋を頬張りながら、彼の本当の名前を脳裏でなぞっていた。
 
    -了-

夢野久作の「猟奇歌」のひとつ “暗の中 俺と俺とが真黒く睨み合つた儘 動くことが出来ぬ” から題名を拝借、青空文庫で読めます。
色んな主人公像が各プレイヤーに在ると思いますが、自分はやはり「いつしか疑問と自我が抑えきれずに立場を離れる」 ヴィジョンが浮かびました。「14代目になる奴がそんな生半可な気持ちで務めている筈がない」と言う人には、そのようなライドウ像で宜しいのではないでしょうか。その為の無口系主人公、選択肢、RPGですから…
プレイヤーの数だけ平行世界が広がっている、そんなニュアンスで今回の話を書きました。

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