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湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

雷修羅のプロトタイプ(途中まで)
あと1シーンくらいなのですが、なかなかいいフレーズが来ないので先にちょっと出ししてみます。まだタイトルも決まっていない……タイトルは最後に付ける事が殆どなので、当然といえば当然ですが。
ここに載せている分で14,000字程度です、本編は25,000字超えています。
徒花シリーズ読了が前提の為、デジャヴが凄いと思います。 違和感も有ると思いますが、仕様です。 ハッピームード満載ですが、御安心下さい結果的にはいつもの湿血帯作品です。




 鳥の声がする。
 ハッとして窓を見れば、もう日が射している。空は白み始めていた。
『寝ていないのか?』
 声のする方へ、面を向ける。
 翡翠の視線をギラつかせる黒猫が、部屋に入って来た。
「業斗……いや、すまない」
『それとも寝れなかったのか? そりゃそうだろうな、遅くまでじゃれ合い過ぎだ、このたわけ』
 その指摘に、言葉を呑んでしまう。云い訳の台詞も浮かばぬ。
 身体に影響するほど戯れた訳でも無い、そもそも謝罪の必要も無いだろうて。
 既に隣の布団はもぬけの殻で、掛布団の中に手を挿し込んだが冷たかった。



「おう、おはよう」
「おはよう所長……もう身支度してあるとは、朝から一体何用で? それともまさか、着の身着のまま朝帰り……」
「お前、俺の事なんだと思ってるの?」
「や……その、すまん――」
「よく分かってるじゃん、でもハズレ。なんと今日は花月園行きだ、ちゃんと早起きしたんだぜ? 雨が降らない事を祈るよ」
 ハハ、とひと笑いすると、帽子を掴んだ手で此方の脳天を小突く鳴海。
 そのせいでズレた学帽をついと直しつつ、我はソファに腰かけた。
「あの人と逢瀬か」
「はぁ、お前も目敏くなったもんだ。やっぱ色気づくと違うもんかねえ? な、業斗ちゃん」
「所長、業斗は“俺に振るな”と云っている。それ以上同意を求めても無駄だ」
「本当かねぇ、お前が勝手に吹き替えてんじゃないの?」
「そんな事は無い、本当にそう云っているのだ、我はそのまま伝えただけで……」
 嘘吐きと詰られてやいまいかと不安になり、鳴海の背を追う様に腰が浮いた。
 そこを遮る様にして、小袖が目の前を藍色に変える。
「鳴海さん、雷堂さんにそんな機転利きませんから」
 卓上の新聞紙と灰皿を回収し、湯呑を残して手を退ける人修羅。
 助け船なのか追い打ちなのか分からなかったが、正直どちらでも構わない。
「豆切らしてるんで、お茶ですいません」
「いや、我はどちらでも……」
「後で茶店に買いに出ます」
「それなら、我が外回りのついでに」
「じゃあ一緒に行きましょう」
 何の躊躇いも無い誘いに、お茶をすする前から顔が熱くなった。
 それこそ君にとっては“ついで”なのかもしれないが……切れてくれた珈琲豆に感謝した。
「機転は利かないけど、云い逃れの為には頭回るんだよコイツ」
「……鳴海さん」
 咎める様な人修羅の声音に、鳴海はおどける。
「ハハ、冗談だって。でもな、もうちょっとは悪びれずに居た方が良いぞ雷堂。そんなんだから賭け事弱いんだよ、もっと堂々としな。花月園のお土産買ってきてやるからさ、記念切手で良いだろ? んじゃ行ってくるよ」
 嫌味も無く打ち返し、帽子を被る鳴海。今日は茶系統のスーツだった。銀糸を織り込んだネクタイ。タイピンは大人しい形。偶にしか見せぬ着こなしだ、きっととっておきなのだろう。事務所を出る間際、業斗に尾で軽くあしらわれていた。
「矢代君は、豆を買った後はすぐに帰るのか?」
「えっ、特に決めてませんが……まあ、商店は軽く覗いていこうと思ってましたけど」
「喫茶の後も、少しばかり付き合ってはくれないだろうか」
 業斗の眼が鋭くなったが、気付かぬ振りでやり過ごす。恐らく、我が人修羅を連れてふらふらと散歩するとでも思っているのだろう。
 当たらずとも遠からず、ではあったが。
「軽く戦闘すると思うので、軽装も用意しておくと良い」
 我の忠告に少しだけ眉を顰めた人修羅、空いた湯呑を下げつつ「じゃあ、喫茶店は後の方が良いですね、戦っている間に豆をばら撒いてしまったら嫌ですから」と呟いた。



『まさかアカラナ回廊へ逃げ込むとは、恐れ多い奴だ』
 業斗の侮蔑混じりの声に、ふと思う。今回アカラナ回廊へ赴いた理由は、ヤタガラスからの依頼の為だ。要人保護とは聞いていたが、機関所属者なのだろうか……何故、行方を眩ませたのだろうか。
「雷堂さん、その野上さんて方の顔は知ってるんですか」
「いいや……先刻説明した特徴しか。その御仁の立場までは知らされておらぬ」
「知ってる奴に依頼すれば良いのに、どうして雷堂さんにこんな任務寄越すんでしょうかね。本当、杜撰な組織」
 業斗に睨まれようが気にも留めず、寧ろ挑発気味に零した人修羅。此処に到着してから袴と着物を畳み、風呂敷に包んで持っている。中に薄手のスラックスを穿き込んでいたらしく、するすると袴を脱ぎだした時は慌てて止めに入ってしまった。
『おい雷堂、こいつを連れてきた理由は、足並み揃えてアカラナを徘徊する為か』
 業斗に言葉で鋭くつつかれ、人修羅と離れるのは名残惜しいが……予定を伝える事に決めた。
「矢代君、此処の構造は大体記憶してあるだろう」
「ええ……次元の裂け目なんかは、無暗に飛び込む気もしませんけど」
「階層移動だけで良い、迷い込んだ者も先が見える範囲しか踏み入れぬだろう」
「二手に分かれて捜すって事ですよね、良いですよ。じゃあ何処で落ち合いましょうか」
「物分かりが早く有難い、そうだな……場合によっては遠くなるが、我々の侵入口……筑土町異界へ通ずる階段の麓で」
「異界送りしてくれる黒装束に野上さんを引き渡して、依頼達成って事ですか」
「その通りだ。暫く捜索しても見当たらぬ場合は、すぐに其処で待っていてくれても構わぬ。では、くれぐれも気を付けて…………」
「……そんな顔しないでくださいよ、逆に不安になる」
「す、すまぬ」
 ぴしゃりと突き放されるが、彼の心配してくれる気持ちは十分伝わってくる。
 素っ気ない言動は恥じらいの裏返しだと、我が一番よく知っているのだから。
『おい雷堂、そんな顔は止めろ、本当に不安になるわ』
 ぴしゃりと靴先を尾で叩かれ、業斗を見下ろした。
 何やら顔の筋肉が緩んでいたらしく、俯いた際に軽く涎が垂れそうになった。



『雷堂様!』
 羽ばたく音がする……
 上空を見あげれば、偵察に向かわせていたパワーが其処に居た。
「どうだ、居たか?」
『向こう1980年の辺りに人影を確認、しかし……』
「どうした?」
『もう一人確認しているのですが』
 この回廊にそんなゴロゴロ人影が居る筈無い。
「何者か分かるか?」
『それが、正直貴方様と見間違えてしまう風貌でした』
「我と?」
 まさか。だが、思い当たる人物は……居る。
「分かった、有難う」
『お役に立てて光栄です』
 管へと戻し、天使の指し示した方へと歩みを進める。
(居た……)
 砂時計の傍で縮こまって、男は身を潜めるように居た。悪巧みなどとは無縁そうな、文豪のようにも見えるその姿。シャツを内側に着込んで、少し折り皺のついた灰色の袴を穿いていた。聞いていた特徴のままだ。
(何を恐れて逃げたのだろうか、ヤタガラスを離反したいのか)
 歩み寄り、話し掛けた。
「もし……ヤタガラスの命により参った者だ」
「……傷の十四代目!」
 一拍の間を置いて、その男性が返答した。面識は無くとも、我の面持ちで察したらしい。
 あまり嬉しい認知の形とは云えぬが、この身が何よりの証となるのなら都合が良い。
「野上殿で合っているな? 何故こんな処へ逃げ込んだのだ」
「あんたは本当に、ヤタガラスが国を良くすると思っているのか!?」
 想定外の問いに、思わず歩みを止める。
「思っている」
 言葉は自然と紡がれた。己の携わる限りでは、そう思ったのだ。
「此処の砂時計の装置に触れてみろよ! それでも考えは変わらんのか?」
 周辺に有る、巨大な砂時計を指差し男性が叫ぶ。
「我が其れに触れる事は、お上より禁じられている」
 静かにそう返すと、男性は憐れむかの様な表情を作った。
「本当に、あんたそれじゃヤタガラスの犬だ」
(犬……)
 他の者にも云われた事が有る、自我の無い人形に等しいと。確かに我は幼き頃から、葛葉……いや、ヤタガラスの為に、それが国の平穏を守ると思い従ってきた。デビルサマナーとしての自身に、大層な目的は無い。この力が役立つのなら、活かしてくれる機関に身をゆだねよう、その程度であったから、この男の言葉はやはり鋭く感じた。
 嗚呼いかん、気落ちしそうな心を引き摺ってはならぬ、この後また人修羅と顔を合わせるのだから。
「何と云ってくれても結構。貴殿の身内も待ち侘びているそうだ、大人しく御同行願うぞ」
「まだ、まだ帰る訳には」
「……此処に逃げ込んだ理由が有るのか? ただの目眩ましではなく?」
 訊ねても無言を貫くこの男性、余程の事情が有るのだろう……ただ、それを聴いた所で、助けになってやれる可能性は無きに等しい。 このまま野放しにして悪魔に惨殺されるも不幸であるし、望みを叶えてやれる程の権威も我には無い。
「恨みは無いが、暴れるようならば相応の対処をさせて頂く」
「……連れ帰れ、とだけ命じられているんだな?」
「ああ、他の条件は請けておらぬ」
野上は、ちらちらと周囲を横目に確認してから、我に耳打ちをした。
「ひとつ、おれからも頼まれて欲しいのだが」
「……内容による」
「おれは向こうの世界に行き、ある書簡を入手した。実はその関係で追われている。正直あんたを見て肝が冷えたよ……平行世界と云うだけあって、本当に瓜二つなもんだから」
 誰とそっくりだったかなど、訊くまでも無い。我は野上が懐から抜き出した筒を受け取り、掌に軽く遊ばせた。呪いの気配もMAGの匂いもしない、本当に書類だけが入っているのだろう。
「これを向こうのヤタガラスから奪った、という事か?」
「ああ……勢い余ってつい持ち出しちまったが、内容は一通り頭に叩き込んだ。だから、それ自体にもう用はない。申し訳無いんだが、あんたからその機密文書をアッチに返還してやっちゃくれないか」
「内容が知れたのだ、貴殿の命が狙われる可能性は」
「ブツを返すだけで、ちょっとは生存率も上がる。あとはアッチの十四代目が、どれだけ忠犬かって所にかかってるだろう」
「追手が組織の命に忠実である程、貴殿に容赦しないと……そういう事か。しかし我とて先刻詰られた通り、犬であるからな」
「あんたはおれの保護だけを云われてるんだろう、他に関しちゃ融通が利く筈だぜ」
 さてどうしたものか、と、我は足下を見た。業斗は勝手を云う男性にも苛々した様子だが、すぐに決断しない我にも同等の感情を抱いているのだろう。 逆立てた尾が、沸々煮え滾る熱で煽られているかの様だ。
「其処におわす業斗様にとっても、悪い話じゃあない。平行世界たって、片方に存在して、もう片方には存在しないモンも有る。その機密文書は、組織の腐った根子を白日の下に曝す事が出来る、そんだけ大事なコトが書いてある」
「貴殿、ヤタガラスを瓦解させんと企てるのか?」
「何を云う、このまま放っておいたら崩壊するから土台の設計図が欲しかったんだ。ハタから見れば形だけは小奇麗なもんだが実際は砂上の楼閣。殆ど寝惚けた三本松に、その寝言を捏造する一部のお上連中。そういった淀んだ水を棄てる為に、もっと古い……デビルサマナー達と機関発足に関する資料が欲しかったんだ、おれは……おれはそれこそ、人間が悪魔から害されぬ様に――」
 野上の声は、其処で遮断された。暗く澄んだ空間に銃声が響き渡り、彼方へこだましていった。
 我は書簡の筒を胸元にしまい、代わりに抜いた管よりサンダルフォンを召喚する。硬質な肉体が幾つかの弾丸を弾き、その跳弾音に背後の野上が息を呑んでいた。悲鳴が無いという事は、ひとまず怪我をさせずに済んだ様だ。
 空間の薄明かりを反射して、からからきらきらと転がる弾。我の扱うコルト弾より、やや大きい……
「サンダルフォン、背後の男性を下層の出口まで送り届けよ。いつも我が休憩に使う層だ、分かるな?」
『御意』
「人修羅が既に居るやもしれぬ、事情は説明して欲しいが此方には戻って来ずとも良い。我の加勢より要人警護を重視せよ」
『はっ』
 それまで盾が如く浮遊していたサンダルフォンが退くと同時に、ひらりと黒い影が躍り出た。刀身の冷たい光と空を斬る音が、体を強張らせる。我は己の為に一歩引き、間合いを調節しつつ抜刀した。ぐわりと鞘を開きつつ放った一撃は、相手の刀を振動させる。
「フン、馬鹿力」
 鍔迫り合いの隙間から、絶対零度の笑みが覗いた。
 平行世界の十四代目、葛葉ライドウだ……



「御久し振り雷堂、挨拶も早々に悪いが、僕は先刻の男性を始末しに参ったのだよ。君は何と命じられているのだい」
「……保護、それだけだ」
 異世界の自身と睨み合いする狭間、ギチギチと刀身が悲鳴をあげている。
「へえ、ところで何か渡されてはいないかね?」
「分かっているのだろう……? もし、それを引き渡せば彼を見逃してくれるとでも云うのか」
「さてどうしたものかね、僕は始末しろと云われているのだけどねえ……フフ」
 押しているのは我だというに、不敵な笑みで受け止め続けるライドウ。
「貴殿は命とあらば、容易く人の殺生をするのか? 悪魔では非ず、人間なのだぞ?」
「何だいそれ、では悪魔を殺そうが君に呵責は無いのかね」
「それは……」
 答えの代わりに力を籠め、いよいよ弾いた。互いによろめきながら、構え直す。
 ライドウは既に管を叩き、アマツミカボシを召喚していた。素早い判断と、抜かりの無い同時召喚が強みであるこのデビルサマナー……我の戦い方と毛色は違うものの、姿形や内包する魔力はほぼ同等なのだ。拮抗する筈だというに、どこか押し負けするのは己が気質の所為か。
「そもそも此方の機関が有していた物だろう、返還されるが道理さ」
「そう簡単に終わらせる訳にはいかぬ。物を取り返した貴殿が結局は氏を追い、斬り捨てるという展開……無きにしも非ず、だ」
「ククッ……そんなに僕がヒトを殺したがっている風に見える?」
 此処で「見える」等と云えば、火に油を注ぐ事になろう。本心とは裏腹に口を閉ざし、我も管に手を伸ばした。
 何を召喚するか……向こうにアマツミカボシが控えているという事は、ドゥンやソロネは避けねばならぬ……衝撃の術を放たれる事を推測すれば、手元に残すべきこそサンダルフォンだった気がする。あれは銃撃の耐性を施してある為、ライドウの狙撃から野上を護り易いと思ったのだ。
『おい、潰し合うなよ貴様等。喧嘩の尻拭いなぞ、俺は御免だからな』
「しかし業斗、喰い止めねば……先刻の男が」
『人修羅が居るだろう、どこまで信用出来るか怪しいものだがな』
「っ、彼は……!」
 また意地悪を云う業斗に憤慨して、黒猫を見下ろした。途端、足元の影が色濃くなる。アマツミカボシの接近だと察しがついた癖に、思わず反射的に見据えた己を恨む。眩んだ目に構えが遅れ、テンペストが四肢を乱暴に撫でて往った。靡く外套が落ち着くより早く、ライドウの一閃を迎撃する。
「他にも召喚していたのかい」
「貴殿とは関係無い、云わば我とも本来無縁なり。巻き込んでくれるな」
「どんな悪魔か見せてくれ給えよ」
「ものを頼む状況か……っ」
 我の太刀を綺麗に受け流してくるライドウ。彼の都合の良い方へ、ぐらりと誘い込まれそうになるを踏み止まっては、腰を使い体軸を捻る。
 相手の二撃目を受ける暇は無いと判断し、先に水月を狙った。心臓を狙うより、余程危うい。
「うっ」
 弾かれ数歩、背後によろめく。しかし刃の競り合った嫌な音は無く、代わりに刺すような視線が我の眼を捉えていた。
 どくどくと鼓動が奔る、MAGを緩やかに吸われている。そのような状況でないと解かりつつも、彼の気配に胸が高鳴る。
「何を人間相手に……マジになってるんですか、雷堂さん」
「矢代君! 怪我をしなかったか」
「あっちの葛葉さんはただ避けただけですからね。多分これ、貴方の刀で受けた傷ですよ」
 薄く切れた指を眼前に翳し、苦笑する人修羅。我は血の気がひいた、外傷を与えた事なぞボルテクス以来だった。
 彼はその赤い手で、駆け寄る我を制す。向こうのライドウとの間合いを気にしているのか、緊張の糸を張りつつ此方に忍び寄る。
「こんな傷はすぐに治るからどうでもいいんです、ところでこの喧嘩はする必要が有るんですか」
「や、時間を稼がねば……彼が野上を追い、仕留めるかと」
「あの人なら業斗さんが今頃、ヤタガラスの黒装束に引き渡してますよ……俺が代わりで来たんです、猫よりは加勢出来ますから」
 云われて気付く、思えば業斗の姿が見当たらぬ。辺りをちらちらと見やる我に対し、ライドウがせせら哂った。
「何だい、君が指令した訳では無いの」
 指摘に頬が熱くなり、そもそも童子に願いこそすれ命令なぞ出来る筈が……と云いかけ、噤む。何を云おうが追及されるし、己が業斗の動向を察していなかったという事実は変わらない。ライドウが人修羅を気にかけ始めてからというもの、我は間違いなく動揺していた。
「そっちもそっちですよ、貴方から(けしか)けたんでしょう? もう要人はこっちの機関が引き受けたんですから、流石に手は出せない筈だ……お引き取り願えますか」
 恐れを知らぬ物云いの人修羅を、じいっと睨み続ける葛葉ライドウ。出来れば邂逅させたくは無かった、こう云うと人修羅は憤慨するであろうが、あのライドウは珍しい悪魔に目が無いのだ。
「君が噂の人修羅?」
「……だから何だっていうんです、今は関係無い」
「管には入らぬのかい、それとも入れない? あぁ、其処の雷堂が《友人ごっこ》でもしたくて常に出しっ放しなのかね、フフ」
「俺はにんげ……半分人間だから管に入らない、それだけです」
「へえ、半分? それは維持しているから? それともいずれは人と悪魔のどちらかに成る?」
 探るかの様なライドウの声音、弧を描く口許に敵意は無くとも興味が見え隠れしており、眩いアマツミカボシを後方へと下げていた。
 あの眼を見つめてはいけない矢代君、彼は邪視の使い手と見紛う程に、強い眼差しで標的を射るのだ。堅気の者なれば知らずのうちに誘導され、初心な悪魔なればたちまち魅了されてしまう。ライドウは口も達者だが、それ以上に眼が恐ろしい。我は物質的戦闘の最中でなければ、其処へ着眼する事も無い。心理的戦闘の最中、あの眼は最も視てはならぬ箇所なのだ。
 永続しそうな空気感に耐えきれず「これ以上会話を続けないでくれ」と、人修羅の耳元に訴えた。
「そのつもり……なんですけど」
 少し待ってくれ、と云わんばかりに相手ばかりを見る人修羅。間違いなくライドウの術中に嵌まっている、これは不味い。平行世界の同一存在なのだ、吸い慣れたMAGと錯覚しているのかもしれぬ。「それは毒なのだ」と叫びそうになる口を縛り、我は人修羅の手を掴んだ。
「どうせ其処の男が軽々しく 人間に戻してやる 等と宣ったのだろう?」
 ライドウの言葉に、人修羅が小さく息を呑んだ。我はといえば図星に面食らい、堪らず指の力を強めた。
「……勝手な憶測で物を云わないで下さい。雷堂さんはごっこなんかじゃなく、一人の友人として俺を扱ってくれますから」
「人の倫理感が半分も残っているのなら、まずサマナーに使役されたいと思う筈が無い。管へと入れられ、行動を制限され……まあ面白い訳が無いだろう。生粋の悪魔なれば、永き命と刹那の感覚が許せるのかもしれない、持て余すよりは戯れてみようとね。だから人修羅、君が其処の雷堂と行動を共にするのには絶対的な理由が必要という事だ」
「あんたには関係無い」
「デビルサマナーの傍に居れば悪魔を自覚してしまう、そんな瞬間が有るだろう? それなのに君はまだ、ヒトと同じ形に留まっている。酷く荒削りなその魔力も、ムラの有るMAGの流れも、悪魔としてはとても魅力的なのに。肌に墨を奔らせておくだけで満足? もっと爪を尖らせないの? その跳ねた癖毛の辺りからツノでも生やさないの? 全く、苛々しないのかね。まだまだ伸び往く力を抑え込む事に君は苦心するというに、隣の男は君を『人だ』と唱え続けながら異界を歩かせるのだよ――」
 ライドウの語りが終わらぬ内に、人修羅がすうっと胸を張った。ああ、これはファイアブレスの息差しだ。周囲が一瞬冷えるのは、大気の熱を奪うからである。それを体内の鞴で更に煽ぎ、轟々とした火炎に変えて噴き出す技。
「止めろ矢代君!」
 我はもう片方の手を背後から回し、人修羅の口を塞いだ。軽く呻いた後、ぐぐ、と脚を震わせる君。炎を呑み込んだのだ、苦しかろう。腕の中でもがく人修羅を気の毒に思いながら、我はじりじりと距離を取った。
「これで勘弁願おう、ライドウ」
 懐より抜き、投げつけた。野上が持ち出したという、例の書簡だ。
 我から眼を外し過ぎぬまま、其れを掴み取るライドウ。
「それを手土産に、烏の巣に帰ると良い」
「なんだい、捏ねた癖に結局は渡すのか。君単身か、其方の業斗様でも居れば意地でも投げなかったのかな……フフ」
 挑発に乗ってはいけない、業斗が居ようが今の状況なら投げていた。何と扱き下ろされようが、それで構わぬ。
 我はようやく人修羅の口許から掌を外した。早く姿を晦ませてしまおうと、その手を運び衣嚢を探る。小型の特製煙幕を指先に確かめながら、人修羅の耳に「退避する、放った火薬を燃して欲しい」と囁いた。じっと聞き入るその姿勢から、了解の意を得る。
「然らばライドウ、次まで引き摺るでないぞ」
 しっとりとした重みの火薬包を放る。人修羅が蒲公英を吹く幼子の様に、其処へ噴き付けた。暗色の空間にわあっと綿毛が舞う幻想、しかしキナ臭さが一瞬で現実へと引き戻す。
 人修羅の手を握るまま、白い靄を掻き分ける。足を踏み外せば何処に落ちるか分からぬ空間だ、相手も恐らく慎重な筈。
 空間把握の感覚だけは自信がある、惑いの無い歩みで往けば手を引かれる人修羅も不安が無いだろう。そろそろ階段かという矢先、周囲の白が明度を上げた。動揺を隠しつつ、目先だけで背後を見れば……更に明るい。
(アマツミカボシの光か)
 ライドウが何を召喚していたか思い出し、落胆した。霧に影が映り込む……いや、恐れる事は無い、此方が照らされるだけあちらも同じく照らされるのだ。警戒しつつ歩めば、まず先手を取られる事は無い、悪くて相打ち程度であろう。まさか煙幕の中で銃を使う事もあるまい。
『そろそろ宜しいでしょうかね』
 明るい方から鮮明に聴こえた、この響きは悪魔の声だ。続いて巻き起こる疾風、外套が煽がれ辺りの煙が流動する。テンペストだとはすぐに判ったが、己だけ回避しては人修羅に当たるやもしれぬ。腕を引くべきか、各々で避けるべきかの判断が出来なかった。
「雷堂さん!」
 唱える人修羅が我を突き飛ばす、すぐ傍を轟と鋭利な風が走り去って往った。反動で向こうに離れた人修羅が、迫り来るアマツミカボシへと爪で薙いだ。眩い狩衣に軽く裂傷が入ったものの、悪魔に慌てる様子は無い。人修羅も追撃には移行せず、取り払われた霧の残滓を辿る様に後ずさる。
「ひっ」
 と、(まだら)に隠れる空間の中から、ぬっと現れる白い手。形だけは我と同じ……葛葉ライドウの手が、人修羅の項に触れた。そのまま黒い突起をむんずと掴み上げ、引き寄せている。
「離せ紺野!」
 駆けようものならアマツミカボシが躍り出る、相手にしている暇があるものか。己の射撃の腕を完全に無視して、銃を引き抜く。銃口を差し向けた先で、ライドウがどこか呆けた表情をしていたのを憶えている。



「そんなに落ち込まないで下さいよ、珈琲が不味くなる」
 向いの席でカップに口をつける人修羅。肌に紋様も無く、外出時の袴姿に戻っている。そうしていると、年がら年中黒づくめの自分よりも大衆に馴染めている様に見えて、どこか寂しい。
「……君は元々、珈琲が好きではないだろう」
「何拗ねてんですか、そのままじっとしてたら雷堂さんの分が冷めて不味くなりますよ」
 拗ねているとな? いや全く持って反論の余地も無い。
 我は無様にも取り乱し、まだ霧の晴れぬ中で発砲してしまったのだ。粉塵爆発というものはそうそう容易く起こるものでは無いが……運悪く引火したらしい。
「それにしても、よくあのライドウが見逃してくれたものだ。爆発も大したこと無かったようだな? 顔の傷がこれ以上増えるのは耐え難い」
「音は凄かったから、本当に心配しましたよ。ああ、でもあの人は大ウケしてましたけどね、気絶した雷堂さん指差して」
 起きた時、既にライドウは居なかった。人修羅に揺さぶられ、業斗に呆れ顔にて見下ろされの目覚めだった。テンペストが抉っていった傷痕だけが、現実味を帯びていた。
「この際、我の事はいくら嗤ってくれても構わぬ。君があのまま攫われてしまうかと思い、我はもう本当に……」
 感極まって、またぐっと言葉を呑み込んだ。窓の外から業斗に水を差されぬよう選んだ地階だったが、周りのテーブルに丁度客が少ない為、我の嗚咽が目立って死にたくなった。
「そろそろ出ましょうか」
「しかし、君との折角の喫茶店……」
「またいつでも来れるでしょう、此処が潰れなければ。そろそろ出ないと、また業斗さんがキレますよ」
「なあ矢代君、君が止めに来てくれて助かった。遅くなってしまったが、礼を云いたい」
 ようやく切り出せて、自身安堵した。そろそろとカップのつるを指に引っ掛け、両手で包み込んだ。すっかり冷めている、今からミルクを入れても斑になるだけだろう。その白い斑に潜んだ手が、ぬらりと出やり人修羅を……
「雷堂さんの敵は、基本的には悪魔でしょう。絶対命令でも無いのに、人間斬る必要なんて無い」
 生産性の無い妄想を、人修羅の声が打ち払ってくれた。嗚呼、本当にそのまま、その通りなのだ君よ。我はいくら機関からの命令であろうと、人を殺めるなど出来やしない。半分は人間だという君と戦った時も、気乗りはしなかったのだから。
「有難う、矢代君」
「まあ……俺も冷静でいられない時、挑発に乗りがちですから人の事云えませんけどね。それにしたって向こうの世界のライドウは喧嘩っ早いでしょう、あんなの相手にしない方が良いですよ」
「今回は偶然、互いの請けた依頼が喧嘩していただけだ。普段アカラナで会う彼は攻撃してくる事も無い、言動が少々奇抜だが実力は間違いない」
「そりゃ……襲ってきたらその辺の野良悪魔と同じじゃないですか」
「いつも出くわす時は、互いに一瞬警戒するぞ。カゲボウシではないか、更にまた別の世界の十四代目ではないか……など。いや、我のカゲボウシよりも断然、彼の方が強かったな、はは」
「何笑ってんですか。あのライドウと貴方は、たぶん五分五分って所でしょう? それにいくら強くたって、あんな振舞いしてればいつかは身を滅ぼしますよ。ああいう奴はいざって時に素直になれなくて、それがトドメになるんですよ」
 まるでライドウの人となりをよく知るかの様に、饒舌な人修羅。
 君が彼を語る言葉が胸に飛来すると、それが芽吹いて不安の花を咲かせる。その毒々しい花は音も無く茂り、心に濃い影を作ってしまう。毒々しいとは云ったが、とても綺麗な花なのだ。醸す気配が葛葉ライドウを思わせ、其処が一層憎らしい。
「あ……お前が云うなよって、今思ってませんでした? 妙に静かだった」
「いいや」
「雷堂さんに対しては、以前より素直なつもりですけどね、俺……拾ってくれたのが雷堂さんで良かったですよ。実力は鍛えてなんとかなりますけど、人格矯正の方が難しいでしょう。だから雷堂さんの方が将来性が有りますよ、あいつより」
 もう堪らなかった、何かと比較される事には慣れていたつもりだが、その上で人修羅は我を推してくれたのだ。
 意気地なしと罵られる覚悟でいたが、思えば「人を斬るべきでない」と、立ち向かう事を否定してくれたのだ。慈しみをここまで鮮明に味わった事があったろうか?


 急ぎ足にて退店しようとし、会計台へと預けた刀を忘れ、更には本来の予定であった珈琲豆の購入を忘れそうになった。ベルを鳴らして街路に出れば、すぐさま業斗が我に怒鳴る。それを話半分で聞き流し……というよりは、おぼろげに相槌しながら銀楼閣へ到着した。空は夕暮れ、夕餉の匂いを遮断するかの様に扉を閉める。
 人修羅が珈琲豆を瓶に詰め替えようとしていたので「すまぬが、それは後回しにしてくれないか。所長なら朝帰りだ、それまでに準備しておけば良い」と、返事も聞かずに手を引いた。
『野上の処遇、どうしたものか。謀反の兆しは有るものの、機関体制に間違いなく一石投じるであろう事を吐いていた。葛葉一門の身の振り方を、今一度考えた方が良いかもな……おい、聴いているのか雷堂』
「頼む業斗……明日にしてくれ、今の我は腑抜けに等しい」
『そんな事は今更だが、爆発とやらの衝撃で螺子が外れたか? おい人修羅、現場に転がっていたのを見なかったのか』
無茶な振りをする業斗に対し、人修羅は悪びれる様子も無く「見ませんでしたね」と返事した。
『はン、その腑抜けが寝惚けて階段から落ちぬよう見張っているが良い。今日の様な依頼の日は特に、寝つきが悪く目覚めも悪いからな』
 自室の前まで来ると、黒猫だけが動きを止めた。我は扉を開け、人修羅を先に入れた。じっと睨み上げて来る業斗の眼を呆然と見下ろしていると、やっと言葉が浮かんで来た。
「向こうのライドウとは相克の様なもの、しようがあるまい」
『そうやっていつまでも云い訳している様では、今後相対した時が思いやられるな』
「しなければ良いだけの話だ、そもそも何が悲しゅうて同じ姿と戦わねばならんのだ……」
『その続きは人修羅に聴いてもらえ、じゃあな』
 最近の師は実にあっさりとしている、我が人修羅を連れるようになってからだ。
 我の欝々とした言葉を受け流す事に、きっと疲れていたのだろう。文句や叱咤で返してくれつつも、毎晩の様に反応をくれていた。我はそれだけで嬉しかった。涙を受ける板が、業斗から人修羅に変わった……そういう事なのだろう。
「すいません、俺うっかりしてて……畳むの忘れてました」
 部屋に入り、後ろ手に扉を閉める。人修羅が敷布団をせっせと部屋の隅に積み上げていた。
「いいや、我が遅れて起床したから、君の流れを崩したのだろう。本来、後に起きた方がやるべきなのだ」
「すぐ出掛けるっていうから、俺も慌ててたみたいで」
「我はもっとゆっくりでも良かったのだが、業斗に 人命がかかっている、早くしろ とせっつかれたので、改めて依頼内容を確認した次第だ……それならば《急行セヨ》と伝達してくれたら良いものを、な。とりあえず装備を脱ぎたい」
 既に愚痴っぽい事を自覚しつつ、襟を寛げた。脱いだ外套が後ろに持って往かれる、人修羅が衣紋掛けへと、丁寧に被せていた。
 少し身軽になった我は銃を抜き、抽斗の中へしまう。続けて腰のベルトを外し、帯刀輪から抜かぬまま刀を壁へと立掛ける。本当は別々にすべきなのだが、手入れの際へと後回しだ。
「……そういえば、紺野って……あいつの苗字か何かですか」
「ああ、そういえば叫んだな。そうだ、我にもあの男にも、葛葉とは本来無縁の名前が有る」
「明さんが気絶してる間、紺野から水を向けられました」
「えっ」
「聴きたいですか」
「すぐに、というかその、犯されてはおるまいな!?」
 背後で吹き出す人修羅に、少しだけ胸を撫で下ろした。どうやら心配していた事はされていないらしい。
「飛躍し過ぎでしょう、どうして俺が男にそんな事されるんですか」
「いいや君がそうは思っていてもだな……あの男は兎にも角にも好奇心で動く生き物で、葛葉の面子などと宣って自制をする様に見えるか?」
「紺野がそういう奴って事は理解しましたけど、俺とする必要性なんて皆無でしょう」
「嗚呼駄目だ、我の君に対する評価は客観性を持たぬ。確かに夜道を君が歩くより女性が歩く方が、襲われる確率は高いだろう。しかしそれは世間一般の持ちうる感覚であってだな……そうだ、強盗目的であれば話は違うだろう。やせ衰えツギハギの着物を着た女性と、恰幅は良いが動きの鈍そうな背広の男性ならば、襲われるは後者だ」
「紺野は強盗みたいなもんって事ですか」
「いや、何やらややこしくしてしまった……すまぬ」
「俺を人間に戻す気概が明さんには無いって、そう紺野から云われたんです」
 ぎゅうっと胸を締め付けられる様な錯覚に、思わず息を吐いた。後ろから人修羅が「ホルスターも、もう外して良いんですよね」と訊ねてくる。我の苦しい息づかいが、気を遣わせたのかもしれない。
「我は……君を人に戻したい、それは……人として生まれたのだから、人として生涯を送って欲しいから……それが君の幸福の条件と知るからだ」
「デビルサマナーは他にも居る、って誘われましたけど……断っておきましたよ。あいつからは確かに、魔的な何かを感じましたけど……それだけの実力があって俺を人間に戻す手段が得られても、意図的に避けそうだから」
「そう、か」
「珍しい悪魔としてしか、俺の事認識してないですよ、多分」
 両脇背後から回された手が、我の胸元を探る。彷徨う指が金具を捉え、かちゃかちゃと音を立てる。ホルスターのフロントを外し終えた人修羅が、そのままの腕でぎゅうと我を抱擁した。
「……云ったでしょう俺、明さんに対しては割と素直になってるって」
 ああ、嗚呼……そうだ、我は喫茶店で会話している時から、一刻も早くこうしたかった。君の低めの体温を感じたくて、いくら膝で甘えても溜息ひとつで許して欲しくて、MAGとは違う気を確かめ合いたくて。
「素直でなくとも可愛い」
「何ですかその歯の浮く様な台詞は。でも明さんが云うと、ふざけて聴こえないから却って困りますよ……」
 夕間暮れから夕暮れへと、緩やかに色を暗くしてゆく窓。薄く映り込んだ我々の姿がどことなく不埒で、思わず手を伸ばしカーテンを閉めた。と、唐突にその手を掴まれる。
「そういえば、掌見せて下さい明さん、火傷とかしてませんか? その……俺の火、殆ど出かけてたから」
 背から前方に回って来た人修羅が、我の左手を扇の様に眺めている。じっと眺める眼がゆらゆらと金色を帯びる、擬態していても此処だけは揺らぎが見られる。なのでついつい、普段から見つめてしまう。
「気にする程でも無い、寧ろ急に制して申し訳なかった。さぞ苦しかったろうに」
「明さん止めたくせに、その俺が挑発に乗った訳ですから、そっちは怒っても良いくらいですよ……あ、ほらやっぱり、水膨れになってる」
「なに、ドゥンにじゃれつかれた時も似た様なものだ、翌日にはすっかり治って……ぁっ、何、矢代君」
 妙な声をあげてしまった。我の掌を両手でやんわりと広げた人修羅が、水膨れをれろりと舐め始めたからだ。己の指の隙間から、眦を染める君と目が合ってしまい、ずくずくと躰に響いた。積極的でありながら痴態と自覚しているその仕草に、脳髄が融かされそうだ。
 水膨れの薄い膨らみを確かめる様に舌先は撫で往き、次第に指の股へと場所を移す。窪みと節に溜まる唾液が、微かな音を立て互いを煽る。
「……明さん……さっきから、前、張ってたから」
「ぅ……そ、それはまさか、帰路の際、既に目視出来たのか?」
「外の時は、外套で隠れてました、けど」
 ちゅぶ、と親指を咥え込まれ、堪らず黙ってしまった。指の腹をくすぐられながら、やんわりと股座に膝を入れられる。こりこりと局部を圧迫する膝は、絶妙な緩急で我を焦らす。大腿で袋を揺すり、膝の皿で幹を扱いて……ああ、其処が勃つは容易なれど、自身が立っているのはやっとの思いだ。
「うぅッ、あ、はぁっ……狙う箇所の趣味が、良いとは云えんな……」
 少し責める様に問うてみれば、我の指をもう一本咥え込んだ人修羅が薄く微笑んだ。弓なりになる眼は金色を強め、滲むMAGも色濃くなるばかりで。云えばやはり憤慨するであろうから、心の中だけで「悪魔の様だ」と囁いた。
「っぷ、ぁ……はぁ……はっ……趣味悪いなら、もうしません」
「他の者に対しては、だ。我に対してならもう、いくらでも」
「現金ですね…………喫茶店で俺、スプーン落としたからって、テーブルの下に屈んだじゃないですか……あの時、明さんが凄く膨らませてたの、間近に見ちゃったんですからね」
「期待に胸を、か?」
「……ふ、ふはっ、流石に苦しいですよソレ」
 絡み合いもつれる様に、畳に倒れ込んだ。あのまま布団を敷いておいても良かったな、と脳裏で思いつつ接吻し合った。ホルスターを完全に腕から脱がせて、身体が乗らぬ様に遠くに放った。冷たく光る管が、僅かな理性になんとなく突き刺さった。
「昨晩もしたのに、飽きないんですか」
「我の独り善がりなら、止めても構わないが」
「本当に止められるんですか?」
「嫌だ、矢代君」
「はいはい……ふふ、分かってますから泣きそうな顔しないで下さい」

   この続きからエロです、本編をお待ちあれ。

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