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湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

雷修羅のプロトタイプ2(前記事の続き)
一応……完成しました、サイトにしっかり載せられるのは今晩になりそうなので、一旦ブログにアップします。(掲載場所は「徒花」ページになると思います)
掲載後に改めて更新報告と、拍手のお返事をさせて頂きます。
それでは下の「つづきを読む」どうぞ、前記事に掲載分からの続きです。 いきなりエロ始まるので注意。一瞬で終わりますが…(^-^)




嗚呼なんて優しい、まるで母の様な温かな声音で……
 母の様な? そういえば我は、母の記憶なぞ……無い筈だが。お里の人間に育てて貰っただけで、その中に女性が居なかった訳では無いが、母と認識した事は無かった。では何と錯覚したのだ? まるで母親の大きな愛に包まれた、かつてを思い出した様なこの郷愁は……
「俺は明さんに逢えて良かったと思ってますよ……あんな酷い世界の中、人間ってだけでもとにかく救われたんです。行けども行けども砂漠ばかりだし、ボルテクスは本当に気が滅入りました」
「あ、ああ……そうだな、出逢いはやや殺伐としていたが、すぐに打ち解けて良かった」
 いや、ボルテクス界が出逢いの場だったろうか? 砂漠の世界を思い出せはするのだが、君との記憶が無い。
「疼くでしょう明さん、最初に抜いてあげますね……」
 いつの間にやら寛げられた我の下肢、ずるずると下されるスラックスに、きゅうきゅうと揉まれ解される褌。されるがままの我は、おしめを替えらている赤子になった心地だ。行為自体は、酷くかけ離れた俗的なものだが……その倒錯感が心を火炙りにして、血を滾らせる事は最近知った。
「うわ、恥ずかしいくらい勃ってる……ねえ明さん、しゃぶらせて下さい」
「も、もう好きにしてくれ……ああ、矢代君」
 我の股座へ頭を垂れ、ずもりと咥えるその姿。直視するだけで達しそうになる予感から、我は明後日を眺めていた。だが、否応無しに快感は訪れ、深く導かれる程に腰が跳ねた。ああ、何故こんなにも気持ち好いのだろうか、気が狂いそうな程、ぬろりぬろりと坩堝に搾られる様なこの感覚。ああ、嗚呼おかしい……おかしい、ぞ、この感触、は。
「矢代君」
 上体を起こした我は、人修羅の頭を両手でそっと挟み、ぐいと離させた。糸を引いたまま、我の雄からずるりと口を外した君は何処かうっとりしたままで。
 恐る恐る……その唇へと口付け、舌を挿し入れた。ちゅくちゅくと咽喉にまで響く様な淫行にくらくらしながら、舌をねっとり這わせた。先刻得た感覚に間違いは無く、我の興奮はみるみるうちに焦燥へと変貌した。
「っぷはッ……はぁっ、はぁ、矢代君……君、歯はどうした」
「……は?」
「歯だ! 何故、何故唐突に消えるのだ!」
「はは」
 歯抜けの君は喋る事も出来ずに笑い、そっと拳を突き出した。下へと開かれた手の内からは、バラバラと歯が零れ落ちて行った。
「あ、ああっあ……ぅ」
 畳を毟り、後ずさる我に向かって「どうしたんですか、明さん」と言葉を発する人修羅。何故か白い歯列は再生しており、零れ落ちた歯も消えていた。
「何だ、どういう事だ、今のは」
「どうしたんですか、気持ち悪い? とりあえず横になって……布団一枚敷いた方が良いですかね」
 気遣いの君が、積み上げた敷布団を一枚広げてくれた。

《矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 矢代 》

 布団一面びっしりと赤い文字が、呪文の様に繰り返し綴られていた。乾いた血の色をして、走り書きの様に。
「嫌だっ! こんなのは、あ、ああッ! 矢代君!」
 先刻より我を蝕むは恐ろしい幻覚だと、人修羅に泣きついた。よしよしと抱きしめ、あやしてくれる君の手には黒い紋様が刻まれていた。良い、構わぬのだそれは、君は半魔の姿とて勇ましく美しいのだから。
「そんなに、眼を腫らすまで泣いて……明さん本当に泣き虫ですよね」
「……むかし、よく、業斗に云われた……」
「充血させちゃって……痛いでしょう? 今、取り替えてあげますからね」
 微笑みながら片目を抉りだす人修羅を、必死に止めた。
「もういい、いいのだ矢代君! 我がいけなかったのだ! 君の片目が得られれば君を近くに感じると、駄々を捏ねて芝居を打ったのだ! この右目は元より義眼でっ……左は判然と見えている!」
 最早、何の云い訳を叫んでいるのか自分でも分からぬ。ようやく手を止めた人修羅に安堵していれば、部屋の扉をがらりと開き、別の人修羅が入って来る。
「明さん! そいつは偽物です!」
 増殖した人修羅にも戸惑うが、今抱きしめている彼が偽物だという事実が受け入れ難い。すると、侵入してきた方の人修羅が、我と彼を引き剥がす。弾かれた衝撃で、たった今まで抱擁していた人修羅の小袖が崩れた。
「そいつの背中を見て下さい!」
 徐に起き上がる人修羅の肩から、完全にずり落ちる衿。隙間から見えたのは、無数の傷痕。
「そいつは擬態術で化けたライドウだ!」
 糾弾する人修羅に上半身の着衣は無く。下肢にはひたりと密着する革製の、黒いスラックスを穿いている。
「ほ、本当なのか?」
「そんな、そっちが偽物だ! いきなり現れた奴の云う事信用するんですか明さんはっ!」
「いや、しかし」
 袴の人修羅に手を差し伸べれば、スラックスの人修羅が怒鳴る。
「そいつを放置したら不味いんですよ明さん! 俺達の仲を引き裂こうとしてるんだ! もう一度近付いたら斬られますよ!」
 ああ、嗚呼……どうしたら良いのだ。どちらも人修羅の形をしている、片方に傷は確認出来たが、ライドウたる確証が持てぬ。では人修羅が複数居るのはどう説明する? この際いっそ、矢代君の中身をしているのならば複数居ても……
「いきなり乱入してきやがって、あんたこそ偽物だっ」
 乱れ着物の人修羅が、もう一人の人修羅に襲い掛かる。手首の捻りと肩の使い方からして、アイアンクロウを放つつもりだ。
「止めろ!」
 既に体で止めるには距離が有った為、思わず刀に手が伸びた。鞘を割りつつ薙いだ一閃が、人修羅の背中を割く。悲鳴もあげずにべしゃりと畳に突っ伏した人修羅は、ぜえぜえと苦し気に喘いでいた。
「助かりました、有難うございます」
 スラックスの人修羅が礼を云いながら、我の傍に歩み寄る。赤を滴らせる人修羅の背を見下ろせば、今度は鮮明な傷痕が幾重にも確認出来た。
「こいつが葛葉ライドウ……紺野夜ですよ、トドメを刺しておいた方が良いんじゃないですか」
「……いやしかし、どうして此処へ」
「だって明さん、本当はこいつの事消したかったんでしょう? 劣等感の塊の貴方が、こういうタイプの隣に居られる筈が無い。しかも同じ葛葉で平行世界の自分ときたら……周囲がしなくても、勝手に自分で比較し始めるから性質が悪い。もう夜を消すか、アカラナ回廊が不通になるか、完全に忘却するか……それしか道は無かったんですよね?」
「そんな……我はこれでも、紺野を尊敬出来る部分も有った。確かに、あの男に対する苦手意識は否定出来ないが……君が手元に居る今以上の幸福は無いのだ、己の劣等感くらい付き合ってゆける」
「どちらにせよ、俺が二人居たら困るのは明さんですよ。この偽物を殺しておかないと……」
 柄を握る我の手の上から、そっと君に握られる。精神を掌握されているかの様な心地に、謎の畏怖と神聖ささえ感じ始めていた。
「怖いなら、一緒に振り下ろしてあげますから」
 優しい声……横を向けば、いつもの君の微笑みが其処に在る。
 だが、何処か矛盾を感じて、思わず訊ねてしまった。
「人を斬るな、という君の想いは……消えてしまったのだろうか」
「それもエゴでしたね。だって明さんが本当に消したい存在がヒトだった時、俺が止める理由や権利も基本的には無いですし。明さんの人生なんですから、もう自分で考えて良いんだ、罪じゃない」
「しかし……殺戮は罪そのもので」
「今も、そしてこれからも、半分背負ってあげるって云ってるんですよ……ほら」
 ぎゅう、と掴まされる柄が鳴る。共に添えられた人修羅の手は、妖艶に光っていた。淡く碧いその光が、刀身をぼんやり輝かせている。刀の重みが減った気がする、いいや、二人で持つ以上に軽い……まるで羽衣の様に。
「……ふ、フフ……雷堂さん……貴方、擬態かどうかなんて、本当はどっちでも良いんでしょう」
 血塗れの人修羅が、裂けた着物を払い除けつつ笑う。
「何を云うんだ……や……矢代、君」
「よく斬った相手を気安く呼べますね。どっちがどっちでも、性行為は続けたし、流されるままに斬っていた……違います?」
「だが君が、君があのままでは隣の矢代君を殺してしまいそうでっ」
「俺である必要なんて無いんでしょう……その時その度に、都合の良い俺の形をした生き物に縋っている……それだけだ」
「もう止めてくれ!」
「……怒って、ます?」
「違う!」
「ぁ、は……怒ってる、じゃ、ないですか……」
 苦し気に笑うその顔を見ているだけで辛く、堪らず顔を背けた所を横の人修羅に接吻される。唇を甘噛みされ、舌が大胆に……それでいてどこか遠慮がちに侵入して、我の舌と一寸触れ合い去っていった。錆の様な匂いの後、舌の上で芳醇な味わいに昇華する。
「はぁっ、はぁ、今の、は」
「俺の血をあげました、強心剤の代わりにはなるでしょう」
 歯の有無は別として……少し前にたっぷり味わった口内と、全く同じ感触だった。その興奮が後押ししてか、振り翳させられた刀を止める心よりも、問題を壊してしまいたいという攻撃的な衝動が勝る。
「そ……うだ、そうだな、我はあやつに謀られたのだ……愛し君の姿で、身体を繋げ……う、うぁあああぁっ!」
 偽物だと己に云い聞かせ、二人で刀の柄を押した。共同作業の歓びに高揚する、共に酒樽を木槌で砕く様な錯覚だ。
 幾度か斬りつけ、対象は薔薇色の内臓を見せながらひしゃげていった。飾り切りの果実の様に、瑞々しいまま喋らなくなった。
「明さん……これで俺達を邪魔する奴は居なくなりましたよ。俺と貴方を縛る足枷を壊せたんだ……ふ、ははっ」
 隣の君は酷く嬉しそうにはにかみ、我に頬をすり寄せじゃれついた。
「はあっ、はぁ、こ、これで良かったのだろうか」
「何云ってるんですか、やらなきゃやられてたんだ。周りに何と云われようが、俺は貴方の味方ですよ、明さん」
 刀から滴る血が、花弁の様に畳に弾けている。それは心の中に陰りを作る、不安の花に似ていた。百合の花の毒々しさと、白檀の馨しさを混ぜた様な……人の匂いとかけ離れた、冷たい芳香。
「本当、よくやりましたよ……ふ、フフ……」
 我の手を優しく撫でていた人修羅の手から、じわりじわりと斑紋が消えてゆく。人の姿へ擬態し始めたのかと思ったが……覆い隠すというよりは、何かが剥がれ落ちていく様に感じる。「礼を云わないと」そう呟いた人修羅が、まるで脱皮するかの如く肢体を震わせた。不安の花がまるで床から聳える様に、目の前で哂っていた。
「クク……あははっ、よくやったよお前は本当、日向」
 声も出なかった。我の手に爪を立て、せせら哂うは葛葉ライドウ。ばさりと漆黒の外套を片手で払い、毛繕いでもするかの様に頬の血を袖で拭っている。
 つまり我は、また謀られたという事か? いいや、このばらばらになった人修羅が偽物というのは事実かもしれぬ。下手すれば、目の前のライドウも偽物の可能性が……ああ、これはそもそも現実なのだろうか?
「僕が悪魔召喚皇となるにはねえ、人修羅が必要だったよ確かに。でもね、いつかはこうして殺さねばならないから、それだけが重荷だったよ。コレが強大な力を宿せば、きっといつか反逆される。やられる前にやらねば……悪魔に喰い殺されるサマナーなぞ笑い話にもならぬからね」
「そんな、そんな事……分からぬではないか! 貴殿の疑心が勝手に矢代君を殺しただけだ!」
「契約を結んだ日からこうなる事は必然だった、人間へと還る為に人修羅が僕を殺そうとし……僕はそれを拒絶する。人修羅が人間を諦めようが、いつか自我を失う程に強大となれば僕のMAGを無尽蔵に吸い、魂を喰らうだろう。そうされる訳にはいかぬ、僕の思うままに、僕の死に方は僕が決める」
「思い上がるな! そんな事ならいっそ、我に……我に人修羅を託してくれたら!」
「フフ…… 我も欲しい などと云えば良かったのに」
 柄を握り直したが、上から叩かれ一歩出遅れる。ブンと空を薙ぐだけに終わり、跳び退くライドウは文机にそのまま腰掛けた。行儀悪く脚を組み、積まれた教科書を手に取りはらはらと捲っている。
「云った所で、あげないけどね」
「何故、何故我に……殺させたぁッ……」
「だって、僕とて殺したくないもの。功刀の亡骸だって、くれてやるものか」
 耳を疑った、いや受け止めたくなかった。悪逆非道のデビルサマナー、紺野であった欲しかったから。真意を悟る事は出来なくとも、その台詞だけで充分……彼の人修羅への想い入れが感ぜられ、吐き気がした。
「こんな生温い箱庭に、ずっと閉じ籠るつもりだったのかい? 駄目だ、許さぬ日向明。お前には僕の亡骸をくれてやったではないか」
「貴殿の……亡骸……」
「お前はこの僕として生きねばならぬのだ。肉体と魂が共存出来る道はそれひとつ。お前が本来のお前であろうとする程に、胸が軋むだろう? それでもお前は人修羅の傍に居る為、僕の躰を奪ったのだ……それくらいの報いは受けて当然だよ、ねえ?」
 閉じた教科書と積まれた他の本を束にして、ライドウが窓からそれ等を投げ捨てた。
「勉学に逃げるなよ、教科書なぞ要らぬだろう? 甘えに還る所も養父母も僕には居らぬし、里での扱いも知れたものだ。それでも身体は羽の様に軽く、MAGを出し惜しむ癖も無かろう。お前のすべてを鈍くしていた自信の無さも、僕という仮初の器が払拭してくれる。破壊の手は得られたのだ、後は好きに使うが良いさ」
 キイキイと揺れていた窓硝子を、大きく観音に開くライドウ。
「その手に誰かを抱こうとすれば、どうなるか分かっているよね? そんな事が許される器ではないのだよ……僕は」
 ざあっと部屋に舞い込んでくる、大量の白。視界を埋め尽くす折り紙は、我にばたばたとぶつかっては花開く。見慣れた薬包紙、綴られた(まじな)い……これは、式だ――……



 己の悲鳴で飛び起きた。額から落ちた濡れ布巾が、掛け布団の上でぼふりと音を立てた。
 周囲を確認する、式は無い、葛葉ライドウも居ない。部屋だ……畳敷きではなく床板の。机も文机ではなく、ライティングビューローの形をしている。頭上の照明は薄暗く、窓外の蒼い空気を浮き彫りにしていた。
「は……吃驚した……あんたの悲鳴なんて滅多に聞かないから、心臓に悪い」
 寝台の傍、椅子に腰かけた人修羅がどこか疲れた表情で呟く。我は膝上の布巾を手に取り、その生温さに気持ち悪くなる。早く己の顔を確認したい。胸を掻き毟れば、シャツに皺が深く寄る。
「……鏡を」
「は? 鏡?」
「鏡を……手鏡で良い、寄越してくれ」
 押し殺す様な声しか出なかった。確信が得られぬ為、俯くままに待つ。
 人修羅は程無くして腰を上げ、部屋の隅の机を漁り始める。幾つか並ぶ抽斗のひとつから何かをそっと取り出し、再び傍に腰かけた。
「……これでいいのか、適当に有るのにしたけど」
 差し出されたそれはムジナ菊の紋様が刻まれており、見事な貝象嵌だ。
 恐る恐るひっくり返し鏡面を覗き込めば、学帽と傷の無い葛葉ライドウの顔があった。相変わらず前髪の分け目が慣れぬ、そして今の自分だと認識出来ない。少し傾ければ、訝し気な目をした人修羅が映り込む。
「元々血色良いとは云えないけど、顔色好くないぞあんた」
「いつ倒れたか、記憶が無い」
「それは……」
 云い淀む人修羅が、着物の衿をはたりと軽く煽いでから吐き捨てた。
「俺を甚振ってる最中に……ふらっと倒れたんじゃないか」
「甚振っていた……と君は云うが、それだけでは思い出せるものも思い出せぬよ」
「はぁ、もっと詳しく云えって? 新手の嫌がらせか?」
「僕が君を嬲るのは毎度の事ではないか、もっと僕の海馬を搾る様な供述をくれ給え」
 手鏡をつき返しながら要求すると、いよいよ観念した人修羅が視線を合わせず淡々と語り始めた。
「MAGを俺に……入れてたあんたが、背中に立てていた爪が……だんだんと強くなって。あんた妙にエスカレートしていったよな、アルラウネに鞭打たせたんだ……俺の背中を」
「……背中を」
「アルラウネなんて久々に見た、最近あれの管を持ち出していなかっただろライドウ。あっちも戸惑ってた、久々に喚ばれたと思ったら鞭打ちだもんな……しかも同じ使役悪魔にときた、ははっ」
 乾いた笑いで立ち上がり、抽斗へと鏡を仕舞いに行く人修羅。我はその背を抱きしめ「君は悪魔ではない」と叫びたくなったが、堪えた。夢想するだけならば許されよう、しかしいざ実行に移した時、この肉体が崩れ落ちそうな予感がして震えた。
「いざ傷付けた俺の背を見て、気絶したのか?」
「……まさか、それなら最初から君を穿ったりせぬよ」
「だって、あんた嫌だろ、お揃いだなんて」
 抽斗を閉じた人修羅は振り返りもせず、前を寛げゆるゆると衿を落としていった。上だけはだけ、白い背を晒し笑う。
「もう何も残ってないだろ、あれくらいあっという間に再生する。あんたと同じ背中にはならないんだ……残念だったな」
 ここで本物のライドウならば、近くの物でも投げつけたろうか。更に鋭い棘を持った言葉で、今度は鞭打っていたろうか。嗚呼……今の我には憶測で演じる事など無理であった、それ程に夢で疲弊していた。
 無反応な《ライドウ》を思ってか、君がどこか急いた様子で振り向いた。何故そんなにも、残念そうな眼をしている? 同じ傷を持てぬ事を、まるで君こそが嘆いているかの様な……そんな気配を纏って。
「どんな夢を見ていたんだ……酷い魘され方をしてた」
「お察しの通り、酷い夢さ」
 お節介で優しい鳴海も、ほどほどに放任してくれる業斗も、我が居座る必要の無いヤタガラスも……すべては空想のもの。
 君が当然の様に我の隣に居る、それだけで既に狂った世界だったというに、浮かれてついつい留まってしまった。あのまま醒めず、永遠に理想の世界で暮らせたらどれだけ良かった事か。
 きっと人修羅の歯を零したのも、二人目が乱入してきたのも、この躰に残留した意識が見せた歯止めだったのだ。
「……あんたの仕打ちを思えば腹立たしいけど、動けなくなられちゃ俺が困る」
 手元の布巾を取り去る人修羅が、白い琺瑯洗面器にそれを放る。とぷんと微かな水音がして、空気が涼やぐ。続いてしゃらりしゃらりと、波の遠鳴りがした。着物を正し紋抜きへと指を滑らせる君の胸元で、鎖が擦れる音だった。我が常に提げさせている……罪の証だ。それは決して君の罪では無い、そのロザリオを見て雷に打たれるのは我なのだ。
 君を見ると同時に視界に入るそれが、君が動くと同時にさざめくそれが、我が何者だったのかを思い出させるから。
「下から体温計持ってくる、ついでに飲み物欲しいなら――」
 我はついと手を伸ばし、揺れる十字を掴んだ。首が絞まる人修羅は、自然と此方に身を屈める。息を呑むと、張り詰める鎖が揺れた。
「君の血が良いな」
「……吸血鬼みたいな事云うな、MAGなら俺が足りないくらいだ」
「吸血鬼なら、こんな物触れないだろうさ」
 更にロザリオを引けば鎖の強度を気にしてか、人修羅は仕方なくといった顔で我に跨った。緩いままの隙間へと手を下ろし、脇腹を爪先でくすぐる。見悶えた君がは、と息を吐き、下肢が強張るのが分かった。
「日向明になった夢を見ていた」
 我が呟けばその眼が一瞬、金に輝いた。憐れ、動揺を隠しきれぬ人修羅はされるがままだ。上等な袴なのに、それを物ともせず強引に解いた。掛布団など蹴り落とし、千切れんばかりに袴帯を引き、君を剥く。
 あれが夢であった事への失望や怒りを、ぶつけたくなった。これでは、まるで八つ当たりではないか。心に素直なまま生きる夢の我等が、酷く妬ましかった。
「だから何だ……もうあの人は居ない、全部過去だ……夢の話を俺にあてつけられても、困る」
 無体をされる事に慣れたのか、どこか諦観めいて投げやりに吐露した人修羅。
「君は日向の使役悪魔だった。ボルテクスにて君を拾い、常日頃から友人として接し、夜中には愛し合っていた」
 下手な愛撫よりも効くのか、我が夢を紡ぐだけその眦を染めていく君。歓びというよりは恥なのだろう、雷堂との睦まじさを祝福するライドウではない。恐らく馬鹿にされていると、そういう感覚が人修羅を苛むのだろう。
「じゃあ夢の中で明さんだったあんたは……俺に優しく出来た、って事か」
「吐き気のする過保護ぶりだったよ、でもね……あれではとても君を人間にしてやる事は出来なかったろうね」
「……どうして、だ」
「人間に戻れた君が、悪魔と親和性の高いデビルサマナー相手に関係を持ち続けると思う? 僕は思わないね、人間に成れた君は、間違いなく日向から離れる」
 嗚呼、己を滅多無性に打ち付ける様な心地だ。夢でああは云ったが、我は心の何処かで確信していた。所詮は悪魔召喚師、悪魔を拒絶する人修羅からすれば、デビルサマナーは悪魔も同然なのだ。我は、人修羅を……「人間に戻す手伝いをしよう」と甘言のうちに手元に留め、そのまま飼い殺しにする事を……夢見ていたのかもしれない。
「だから君は、やはり僕に飼われて正解だったのさ……ふ、フフ……功刀君、君はどうなの」
 無言の人修羅に、やるせない憎しみが湧きあがる。何故、雷堂の覚悟の無さを否定してくれないのか。何故、ライドウとしての問いかけに恍惚な眼をしたのか。
 答えは分かっている……君が信用していたのはライドウ、紺野夜だったからだ。口ではどうこう云いながらも、紺野がやり遂げる男だと信じているからだ。人間に戻れる可能性も、紺野に与した方が高いだろう。
 当然といえば当然なのだ、紺野は揺らぐ事の無い決意しか口にはせぬ。二転三転、転がり落ちる無様を見せぬが身上か、破天荒に見えて言葉選びは慎重だった。演じてみて実感する……このピンと張り巡らせた己の糸で、身を切りそうな感覚。自尊心が強さの秘訣だろうが、その反動を制御する事の疲労感よ。
 ぶつけてしまう、己に縋る他ない猛き半魔に。縛り縛られを薄々感付いているのに、止められない。人修羅への愛着は変わらず持ち合わせているのに、立場が変わっただけで発露は形を変えた。
「明さんは……間違いなく、あんたよりは善人だった」
 雷堂を擁護するようでいて、「いい人」と終わらせている君が憎い。
 いよいよ躰に魂が馴染んでしまったか。人修羅を甚振る度に、脳裏で云い訳を唱える様になってきた。どれほど酷くしても離れぬ君は、我の思惑を遥かに凌駕する。どうりで、歯など容易く折れる訳だ。痛みは確かに有ったのだろうが、暫く経てば元通り……我の為を思い人修羅は身を挺してくれた、それは真実他ならぬ。ただ、あの瞬間が君にとっての一大事であったのか……問う事さえ躊躇する。
 我にとっては……急転直下、吊り橋から足を踏み外したに等しかった。夢と現をうつろうが君を想い……宿る躰を移ろうがそれは変わらず。紺野を羨んではみたものの、いざ成り代わってみれば魂が息をしておらぬ。意味が無い、これでは殆ど死んでいるも同然。
「そういえば矢代君、以前依頼にて連行した野上という男を憶えているかい?」
「……ああ……アカラナ回廊に逃げ延びてたあの……」
 唐突な話題に聞き耳半分の人修羅、我は頭を整理しつつ言葉を選ぶ。雷堂の記憶で物を語ってはならないのだ、ライドウの視点に置き換え、矛盾無きよう話さねば。先程の夢の中とも、少しずつ違うのだから。
「あの男が三本松の中身に関し、以前より食って掛かっていたのは知っていたかね?」
「……松の中身なんて、繊維だ」
「クク、可笑しなことを云う、君もあの老木が喋る所を散々見ているだろう。それよりねえ……君こそが喰い付きそうな話が発覚したのだけど、聴きたい?」
「俺がなんて答えようが、あんたは話したいんだろ、勝手に……し、ろ」
 此方に脚を向けた人修羅に跨り、ゆったりと胸を捏ねる。黒き紋様が擬態によって押し殺されている、薄い銀朱を撫ぞれば自然と円を描く形となり、まるで痛みを堪える様に目を瞑る君。
「ゴウト童子を見れば分かるだろうが、魂魄を移す先は多細胞生物である事が基本だ。それも死骸の状態で、脳という器官があれば、尚宜しい。最低でもミトコンドリアを必要とする」
「こんな事しながら何の授業のつもりだ……雄しべと雌しべとか云ったら、ぶっとばすぞ……」
「同じ真核生物であろうと、植物などに魂魄を移す事は極めて難しいものとされていた……何故か、それは魂魄の持つ記憶が拒絶反応を引き起こすからさ。記憶は肉体のみに依存しない、ヒトに限った話では無いがね」
「拒絶反応なら、どんな生物に移したところで多少出るモノじゃないのか」
「猫の鳴き声に言語を載せる事が容易でも、葉のさざめきや養分の流動で意思を伝えられる相手は流石に限定される。転移先の肉体が身動きも意思疎通も出来ぬ状態……となると、魂魄が元は人間であった場合、先に精神疲労を起こし自ずと死滅してしまう、これが先刻述べた拒絶反応に該当する」
「……三本松は、元々人間?」
「フフ……禁忌とされた話題だが、最早周知の件でもある。野上氏は、あの三本松の中身が果たしてこの永きに渡り“ 同一人物なのか ”という疑問を提唱していたのだよ。機関にとってその暴きは厄介でもあり、注視すべき内容でもあった」
「俺と何の関係があるんだよ。あの松の中身が何者だろうと、いつの間にか別人になってようと、興味ない」
 そっぽを向く人修羅の乳首を、きゅうと抓った。軽く呻いて弾かれたが、その手を掴み返し耳元に迫る。
「野上氏の持ち出した資料というのはね、魂移しの術を確実に成功させる技法が、それは事細かに載っていたそうだ……中には、悪魔が雑じっていようが成功させた例も有った」
「悪魔が……雑じった? それは人間と悪魔と……って事か」
「そう、悪魔との合い子、とかねぇ……フフ、だから君にも適用される秘術かと思ってね」
「別の躰に移れってか? 馬鹿馬鹿しい……俺が人間に戻りたいってのは、元の形も含めてだ」
 そう云うと予測はしていた、だからこそ返しも既に考えてあった。
「平行世界の君を乗っ取れば良いじゃないか」
 愛撫の手を止めながら云ったというのに、人修羅はまるで雷にでも打たれた様な顔をした。そして唐突に我の手を掴むと、ぐっと起き上がる。此方に迫るにつれ、袴が完全に置き去りとなる。素肌を晒す事を、最早気にしていないらしい。
「あんたは……見知らぬ相手を殺してまで、体を乗っ取れっていうのか」
「童子の様に制約を受ける事もなく、同一の肉体に移るのだから恐らく容易だよ」
「平行世界の俺も、マガタマ飲まされて半魔だったら意味無い」
「飲まされるより前の君が居る世界を探せば良いのさ。それに君、もしかすると東京が受胎しない世界も有るかもねえ、そうしたらその世界の君はずっと純粋な人間のまま……」
 受胎の無い東京、というものを想像したか、人修羅の表情は曇った。ないものねだりを脳内で始めたのだろうか、その感覚は我もよく知る所だ。同じ背格好、顔に声……それだというに何故こうも違うのかと。きっと君は、人のまま過ごす己の分身を羨み、そして憎々しく思ったのだろう。そんな対象が実在すればの話だが……此処に証が存在しているではないか、我はほくそ笑んだ。
「ふ……ざけるな、ふざけるなぁッ! いきなり何云い出すのかと思ったら、俺に散々な事しておいて何だよその提案は!」
「人間の躰が欲しいのだろう?」
「そんな事……許される筈が無い!」
 張り詰めた糸を断ち切って、君へと垂らそう。緩く甘い夜の声に釣られた君は、それを縋る。
「僕が許してあげるよ……矢代君」
 慟哭する人修羅が、我の手を幾度か引っ掻き、シャツにしがみ付いてきた。吠える様に、酸欠の様に、全身を震わせて欲望と戦うその姿。我が死の恐怖と戦い破れた、あの瞬間を見下ろしているかの様だ。
 たった今、すぐ近くに君とそっくりの肉人形を用意したら、君は移ってくれるのだろうか? 移したところで、それは功刀矢代といえるのだろうか。いいや大丈夫、我が居る……安心して欲しい。姿形は夜と成ったが、中はこうして明が生きているのだ。
 君よ、どうか恐れないで。同じ生き物になろう、同じ時を生きよう。我の秘密は明かせぬが、君が器を新調したところで、それを誰に洩らそうか。それをずうっと互いの秘密にして、ひっそりと二人で生きよう。君が二度と悪魔を見たくないのならば、我は葛葉を棄て君と逃げよう。
 人間の躰を得た君は、久々の感覚に胸を震わせ歓喜するであろう……しかし、来るべき時は視えている。
 己の全てを緩慢に感じ、老い衰え、なかなか癒えぬ傷……きっと君は、折角奪った躰を嘆く。圧倒的な力を失った者の末路なぞ、鈍い我にとて分かる。元の《功刀矢代》として人間に戻るのならば、すぐにその気持ちも治まるだろう。しかし他者の躰を奪った君は己を恥じ、日陰に生きる事となる。この誰にも打ち明けられぬ、鬱屈とした秘密と不安に蝕まれる日々を送るのだ。
「あんたおかしい、最近おかしい、悪魔の俺が欲しかったんじゃないのかよ、夜」
 泣き濡れる金の眼と、その首に提げたロザリオの金が交互に煌めく。激昂の為か、擬態も解けて黒々と冴え渡る人修羅。夜が照明を薄暗い物にしていたのは、この為だろうか……嗚呼、こうして結局は、あの男の影が付き纏う。
 夢の中で彼がした宣告は、どこまで本当なのだろうか。我の畏れが見せた幻か、それともこの器に残留する思念の見せた亡霊か。このまま人修羅を愛すれば、肉体が魂を許さんと絞め殺すのだろうか。
 不安の花を揺らす声、夢の中の鳴海が云った「悪びれるな、堂々としろ」という声が背中を押した。痛い気もしたが、恐らく気のせいだ。本来の我の背には、鞭打ちの痕は無い。やや浅く、微かに残る人修羅の爪痕のみだった筈。この躰の傷なぞどうでも良いのだ、これは夜に与えられた傷である。
「傷なんかより、もっと素敵なお揃いを手に入れよう? 矢代君……」
「俺に……どうして俺に固執する」
「だって、中途半端な君がいけないのだよ。悪魔と人間の狭間に揺れて、雷堂とライドウの狭間に揺れて……ねえ、本当はどちらについて往く予定だったの? 僕と日向の」
 この期に及んで断言出来ない君に、酷い苛立ちが積のる。目の前の黒髪を引っ掴み、目線を同じ位置へと寄せた。
「う……」
「何、悪魔の路を選んでくれても良いのだよ。君が異形となり手脚の数が変わろうとも、それならば使役を続けるだけ。他所の君を殺し、奪う躰の癖が少しずつ違っても、こうしてまた掴んであげる。勘付いた機関に追われようと、契った縁だ、僕が死ぬまで付き合ってあげる」
 嗚呼、するすると出てくる我情にまみれた台詞。夜の真似ではなく、我の意思が唇を動かせ……そう云わせる。はじめの頃は、君を悩ませ傷付ける事に酷い罪悪感を抱いていたが、最近は心地好ささえ感じ始めたのだ。
 掴んでいた人修羅を、開放しきらぬ様にシーツへと押し付ける。その光景に夢の火照りがぶり返し、躰が猛ってきた。
 擬態の解けた君は仰向けに苦しみ、項を庇いつつ横を向く。黒い突起が冴え冴えと、上質な黒革の如し光沢を見せた。
「色ボケ野郎、っ……あんたを突き動かしてた熱は、冷めたのか? ヤタガラス蹴って……ライドウ辞めるって事だろ!? そんな言葉、簡単に抜かす奴だったか? それに……友人ごっこなんて……今更、止めてくれ」
 友人ごっこ、さて、誰かにも云われた気がする。それが誰であろうと問題無い。
 今はただ戸惑っているだけ、そうであろう? 少しずつ絆してしまえば、君の中の不安の花も、紅から白へと生まれ変わるだろう。夜の気配を飛ばして、素直に愛し合う朝を迎えよう。もう頑なにならずとも良いのだ、人修羅の君よ。互いのMAGを啜り合い、かけがえのない存在だと確かめ合おう。本当の心を、水の流れる優しい場所で君と……僕と……
「平行世界の自分が死んだら、影響あるんじゃないのか。あんたを見てるとそう感じる」
 僕を見ていると? ぼく?
「明さんが亡くなってから……あの人の何かが、まるであんたに流れ込んだみたいだ」
 人修羅の声が……名を読んだ。それに一寸反応が出来なかった。己の頬を撫でる……傷痕の感触は無い。
 いいや、違う、自分は……明だ。我は、俺は、日向明だ……
 危ない、忘却する所だった――……

 鳥の声がする。
 ハッとして窓を見れば、もう日が射している。空は白み始めていた。


  -了-

これはひどい(^-^)
終盤辺りで「矢代君」などと呼んだりして(夜は「功刀君」か「矢代」としか呼ばない)そんな油断をしてると思いきや、自分を見失い夜と思い込みそうになる明。夜の心に潜った事があるせいなのか、夜の躰に影響されているせいか……
ではでは、詳しいあとがきは、サイト掲載時に

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