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湿血帯不快指数

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ビヰドロ玉



メガテンワンドロ(文章)で書いた小話。
テーマは【怪談】でしたが、単なる不思議系になりました。慌てて書いたので、ちょっと説明不足感あり。

ライドウとホワイトライダーがメイン、やや猟奇的。
別件依頼「いわくつきの家」辺りの話。
「つづき」から読めます。

ビヰドロ玉

 バジリスクとの戦闘以降、ホワイトライダーの挙動がおかしい。
 巻き上がった砂塵が、白馬の目を潰したのだろう。たかが鶏と馬鹿にしていた威勢は、跨る死神だけのものとなっていた。右へ左へふらふらと、ともすれば敵も居ない空間へと駆け出す始末。
「千鳥足とは本来、馬の足音への喩えにも使われていたそうですよ」
 僕が揚々と唱えれば、ゴウト童子が睨み上げてきた。まるでその舌で舐められるかの様な、ザラリと音のしそうな視線だ。
『少し診てやったらどうだ、そのまま管に戻すのはしのびない』
「では童子が眼球でも舐めてやったらどうですか」
『むず痒いと蹴飛ばされては適わん、仲魔の面倒はサマナーがみてやるものだろう』
 確かに、管の中からすすり泣きなど聴こえては気も散る。いっそマグネタイト体へと融解させ、砂と分離すれば早いのではないかと考えた。しかしそうもいかないらしい、異物が入り込んだと、既に白馬は認めてしまっている。物理的処置を施さなければ、己と砂を引き離せないのだろう。
「あそこの井戸水で洗い流す、大人しくついて来給え」
 それだけ伝えると、白馬は項垂れつつも僕に追従した。体毛の妙な艶は、滲んだ涙だ。人間のそれと違い感情は含まず、ただただ馬の形として異物排除に必死らしい。
『コノ形ヲ与エテシマッタ以上、一度馬ト思イ込メバ、コヤツハ馬ナノダ』
 まるで他人事の様にぼんやり嗤う死神を、目配せで降ろす。金冠が夏空を反射して、一瞬目が眩んだ。
 さて、黒い手綱を井戸の石枠にぐるりと引っ掻けると、僕は釣瓶を落とした。目いっぱいに汲み上げたそれを、問答無用で白馬に浴びせる。しかし白馬の目はどこか濁ったままで、まるで寝小便をした子供の様に足を擦り合わせ縮こまるばかり。実際に見た事は無いが、聞くところによれば人の子はそういうものらしい。
『一度では足らんのだろう、もう二、三回浴びせてやれ』
「これが続けば、僕は虚空にひたすら打ち水をする不審な書生と誤認されるでしょう」
『諦めろ、鶏と話していた時点で遅い。今は仲魔を助ける事に集中しろ』
「せめて童子がすべて対応してくれたら、畜生同士の会話に見えたものを」
『さっさと済ませた方が良いぞ、太陽が真上に陣取る前に……』
 しかしまだ夏で良かった。これが秋ならば、空と釣瓶の早落とし勝負となっていたに違いない。
 二度目の水汲みは少しゆっくり行い、先程とは逆方向から浴びせた。白馬がぶるぶると身震いした瞬間、水風船が爆ぜたのかと思う飛沫が散った。大量の眼がゆっくりまばたきする様を、釣瓶を抱えたまま僕は暫く眺めていた。
『コレハ目玉ヲ抜イタ方ガ早イナ』
 隣で死神が、またもや他人事の様に云ってのけた。しかし奇遇な事だ、自分も似た様な事を想像していた。確かに目玉は沢山有るが、全て刳り抜いて、桶の内にて洗った方が効率的であると。
「それで構わぬと申すなら」
『痛ミナド気ニスルナ。眼球ニ砂ガ有ロウト無カロウト、洗ウ姿ヲ見セレバ違和感モ拭エヨウ』
 飼い主の許しは得たので、常設してある手桶に水を流し込んだ。そして、躊躇無く碧い目玉を抉った。繋がる糸が指を引くと思いきや、そういう構造はしていないらしい。人形の目玉の様に、ころりと掌に転がりこんでくる。それを手桶に放れば、まるでビイドロ玉の様に光を弾いた。一つとぷん、また一つぽちゃり。まるで蒐集が捗ってきた少年が如く僕は熱中し、気付けば大きな手桶の中に碧い玉石が山を作っていた。覗き込んでみたが、手桶の底に塵や砂は見当たらない。やはり白馬の錯覚だったのだろうか。
『おいライドウ、あの傘職人から一張り借りてきたらどうだ……今の空気、かなり暑いみたいだぞ』
 目玉を水洗いする感触から、僕の意識は引き離された。ゴウト童子の云う通りだ、もみあげの毛先からぽたりと汗が滴った事により知覚する。捲った袖を更に剥き、やや赤く火照る腕を額に伸ばした。銀氷属に冷却を使わせようか考えたが、散々濡れた足場に霜がついては厄介だ。箱に容れ置いたままのカブトムシとオオクワガタも気になる。
 僕は観念し、童子に「一寸抜けます」と伝えてから長屋に舞い戻る。職人は理由も問わず、すんなりと一張り貸してくれた。傘の紫紺の色目が、僕の外套の裏と似ている。
 今更だが、チョウケシンでも召喚して外套に潜ませれば、涼を得たまま作業出来たのではないかと思った。本当に今更だ、このまま大人しく傘をさして陽射しは避けるとしよう。
「きらっきらしてすっげえ、どこに売ってたんだいソレ!」
「おれにも寄越せよ!」
 井戸へと帰る道中、こちらの背丈半ばも無い子供達が、群れを成してざあっと駆けて往った。何やら見覚えのある黒猫が最後尾に続いていった気もするが、僕は気に留めぬ素振りで井戸へと急いだ。
 ゴウト童子は姿を消しており、薄っすらとある予感は的中した。手桶の内には、一寸にやや届かぬ大きさのビイドロ玉が、ゆらゆらと輝いていた。乳白色に錦の織り交ざった、ごく一般的な玩具。交換のつもりか知らぬが、律儀に個数は同じだけ有りそうだ。
『ソノ玉ノ方ガ、頑丈デ良サソウダ』
 そのような口ぶりの死神は尻目に、僕は黙ってビイドロ玉を白馬の虚に嵌め込み始めた。「虚空に玩具を投じる不審な書生」と、思うのなら思えば良い。
 二色、三色、四色と……白馬の眼は虹色になっていったとさ。


                             -了-


【あとがき】
ビイドロ玉ってのはビー玉のことで…
つまり「子供達のビー玉」と「白馬の目玉」をすり替えられちゃったってオチです。

馬に対する《千鳥足》ってのは「馬の乱れた足並みの音が、千鳥の羽音に似ているところから」とか、そんな感じで使われていたらしいです。

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