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湿血帯不快指数

湿血帯のお知らせ、管理人の雑記など、じめじめ

SS「灰とダイヤモンド」一時掲載
拍手御礼SSで、まだ幾つかログ未掲載のものが有った為、さきほどの「蟒蛇に管を巻かれる」に引き続き載せておきます。
いずれしっかりログにまとめます……

以下〝リャナンシーに口説かれた人修羅、リャナンシーを口説くライドウ〟の話。
ライドウがかなり気障ったらしく、そして交渉上手と分かる内容。何年前に書いた話だ?


灰とダイヤモンド

 柳の影が鮮明に見える、もう夕刻を過ぎているというのに。夜風に靡くそれは、星空に炙り出されているのだ。
 ぽつん、ぽつんと一定間隔に設置された程度のガス灯が、人の路をようやく照らしている。空の天の川は、山と建造物と草木のシルエットを作るだけで、月の様に地まで照らしてくれない。
(あの野郎、こんな時間帯に呼び出しやがって)
 憤りを感じつつ、ややがさつな足取りで柳通りを進めば、人の気配。
 水路を挟んだ対岸の通りにも、人影。半纏姿の男性がうろつき始めている、何となく嫌な予感がした。すると思った通り、ふつり、ふつりと消えていく照明。
 点消方という、ガス灯の点灯と消灯を担う職人だ。ライドウが云っていた、「君と僕は永遠に成れぬ職業だね」と。寝坊は厳禁なので、妻帯者しか成れないのだとか。
「くそっ」
 軽く吐き捨てれば、すれ違った点消方に振り返って睨まれた。確認した訳でも、背中に眼が有る訳でも無い、勘だ。だが、このタイミングで消灯されてしまった事にも若干の苛立ちを感じていたので、弁解する気も起こらなかった。
 真っ暗、点消方の様にカンテラを持ち歩いていないので、眼が慣れるまでしばらく停滞する。柳の枝を見て、その傍に石造りの堤防がある事を認識する。
 日中の景色を思い出し、下駄の先でつい、と確認しながら端を探り当て、其処に腰掛けた。下方からせせらぐ音、やがてじわりと眼が慣れ、薄っすらと水面の流れが見え始める。悪魔の力を解放すれば、この程度の暗闇なら物ともしないが、擬態を解けば自らが発光する事を知っている。それに、出来るだけ人修羅の姿で居たくないのだ。面倒さとアイデンティティの板挟みに溜息し、俯いた。
 ぼんやりと映り込んだ水面の輝きは、空の無数の星。その中で、一際ぼうっと輝きを増した星が、此方を見つめてきた。
『こんな所で夕涼み?』
 無視していると、更に続けてきた。
『ねえ貴方、もしかして春を売って下さる?』
 癪に障った瞬間、水面に強く輝く金色が見えた。月かと思ったが、今夜は新月だ。それに、二つも月は無い。
「俺に話しかけないでくれますか」
『あら、素敵な双子半月、もっとしっかり見開いて私を見てくれないのかしら』
「そんなに満月が見たいなら、新月の晩に出歩かなければどうですか」
『満月も好きだけれど、私、春という季節も好きなの』
 一瞥くれてやれば、リャナンシーが指先の金属環をカチャカチャと云わせて微笑んでいる。
『貴方、御幾らかしら?』
「ふざけないで下さい、もう行きますから」
 攻撃を仕掛けてくる様子は無い、しかし、俺に喧嘩を売っているも同然だ。女性、それも人型の悪魔……あまり相手にしたくない。すっくと立ち上がり、風呂敷を負けじとじゃらじゃら云わせて歩き始める。それでも、すぐ横からカチャカチャと聴こえて来る。
『だって貴方を買えば、金色の月と春が両方手に入るでしょう? とても風雅と思わないかしら』
「どうして俺が〝視えてる〟奴だって判ったんです」
『葛葉ライドウと一緒に居たでしょう? 悪魔と関係者』
「それだけじゃ判断材料に弱いです」
『もう、云わせないで、ここ最近気になっていたのよ貴方の事』
「そういう低俗な依頼は、ライドウにでもしたらどうです。一日デートくらいなら、報酬次第で承るんじゃないですかね」
『ウフフ、ヒトに擬態していても感情が昂ぶると眼が光るのね、とても綺麗よ』
「それはどうも」
『そうねえ、でもちょっと詩的表現に欠ける嫌いがあるかしら、私に任せてくれたなら、貴方の言葉も一気に雅やかになるわよ?』
「逆ナンなんて、貞淑な女性のする事じゃない」
『あら、想いに素直な事は罪かしら? 貴方だって、好きな娘から誘われた場合を考えて御覧なさい』
「居ません」
『その年頃で? 学校の娘とか、憧れのキネマ女優とか』
「時代が違う」
 それにしてもしつこい。幾つか曲がり角を経たところで、その口は閉ざされる気配も無い。一方的な悪魔会話ほど、疲れるものは無い。
 いよいよ金王屋の屋根が見え始めたので、突き放さなければと脳が指令する。悪魔、それも女性を連れたままライドウに対面しては、何を云われる事か……堪ったものでは無い。散々に揶揄されるのが関の山だ。
「申し訳無いですけど、俺そもそも悪魔が嫌いなので」
 振り返ってぴしゃりと撥ね付けたつもりなのだが、眼を合わせれば妙に喜ばれる。
 これはもう具体的な取引が必要だ、と察した。
 
 
『人修羅、随分と遅かったな』
「擬態してるとゴウトさんより夜眼が利かないので」
『解除して屋根伝いに来れば早かろう』
「貴方までそんな事云うんですか? 万が一見られたらどうするんです」
『素早く跳べば野良猫と思われよう。発光する猫なぞ、気味が悪いがな』
「喋る猫も、相当気味悪いですよね」
 そして俺と黒猫は、気味の悪い装置を見上げて、会話を止めた。
 冷気漂うこの合体施設では、口を開けば白い霧が浮かぶ。一定の利用回数に、此処のマッドサイエンティストがサービスと称した実験を行なってくれるのだ。丁度その回数に、今宵達した悪魔合体。
 悪魔を単純に多く保有するよりも、仕上がりを考えて合体や能力付与を行うライドウは、ヴィクトルと話が合う。
「仲魔に運ばせろよ、宝石くらい」
 無機質な待合椅子に腰掛けて、ぼそりと愚痴を零す。
『現場をライドウ本人が離れる訳にはいかぬ、それに風呂敷が空を飛んでいたら不味いだろう』
「それこそ上空……屋根の上でも伝わせればいいんですよゴウトさん。ポルターガイストなんか適任じゃないですか」
『解らんか、アレが無闇やたらに仲魔を遣わぬ理由が』
「さあ、興味も無いですから」
『お主を遣った方が安上がりなのだ』
「最っ低」
 バチバチと、今にもショートしそうな装置の鳴動。俺の血管もブチ切れそうな錯覚を生む。
「さぁ葛葉ァ! まず一つ目に要する宝石は……」
 ヴィクトルの白衣が薄汚れている、恐らく数時間ライドウに捕まっているのだ。いや、ライドウ曰く〝博士の知的好奇心を充たしてやっている〟のだと、つまりこれは貢献らしい。
「ダイヤモンドだ!」
 ぎくりとした。ちらりとライドウの方を、思わず確認する。
 コンソールパネルの傍ら。銀のトレーに風呂敷を拡げ、指先で宝石を弄んでいたライドウがピタリと静止する。
「如何した事かな、僕の記憶ではダイヤモンドがこの風呂敷に、最低一つは有った筈なのだけど?」
 荒事を日々こなす癖に、その整った爪。カチリ、カチリと石同士を鳴らして首を小さく傾げていた。
「どうしたぁ!? まさか無いのかあ!? このままでは機会が無駄になるぞ葛葉!」
「まさかは僕の台詞だが、まぁ今宵はお開きとする。御協力感謝するよドクター」
「おいいぃ葛葉! この先が見たかったのは我が輩の方だと云うに、寸止めか!?」
 哂いながら、風呂敷を畳むライドウ。大風呂敷を拡げても、すんなりと畳むのが得意な奴。
「また気分の向いた新月にでも、宜しく。それまではお預けという事で、ドクター」
「あぁあ、一発目にダイヤが不味かった、ああぁ!」
 装置の檻の中、へらへらしたツラのザントマンがヴィクトルを馬鹿にしてる様に見えた。合体を免れた割には、二つ檻の中の悪魔は緊張感も安堵も見られない。やはり、精神的にイカレているのだ。
「さて、ヘンゼルとグレーテルが如く道中落としては無いだろうね、功刀君?」
 カツカツと、金属床を硬質なヒールで鳴らして寄って来る黒い気配。椅子の手摺からするりと降りたゴウトが、その足元に軽やかに移った。
「風呂敷に穴開いてるなら、一個だけ落ちる事も無いだろ」
「思い当たる節が見られる際、君は眼を逸らし右の首筋を撫でる」
 指摘されて思わず、右の首筋から手を退けつつ、合体檻にやっていた視線を、ライドウへと移し睨みつける。
「宝石をくすねる趣味は無いと思っていたのだが? 烏でもあるまい」
 哂われ、頬が熱くなる。身の潔白を証明する為、俺はまんまと囀る。
「しつこい悪魔が居たから、呉れてやったんだよ! やるから何処か往ってくれ、って」
「へえ、よりによってダイヤモンドを?」
「どれだって似たようなモノだろ」
「オニキスやアクアマリン辺りにしておいてくれ給えよ、一寸も似てないさ、この節穴め」
「どうせ今夜作ろうと思ってた悪魔だって、急ぎで必要って奴じゃないだろうに。ダイヤモンドくらい調達出来るだろ?」
「君にお遣いさせた所為で一つ消費してしまった、五曼円の損失だ」
「ネチネチ煩いな……今度から仲魔に運ばせれば良いじゃないか、貴重品は」
 普段は金の事なんかどうでもいい癖に、俺に小言を云いたいだけなんだ、こいつは。
「で、何処の悪魔に呉れてやったのだい?」
 
 
 結局、出待ちされていた。金王屋から出た途端、あの知恵の輪の音が鼓膜に響く。つまり、呉れてやったダイヤは価値を失くしたという事になる。
 隣のライドウは、リャナンシーの掌で幽かに光るダイヤモンドを睨みつつ云った。
「成る程、いっそ灰にでもしてやったら良かったのではないかい?」
 哂いながらの冗談にしては、おぞましい。いくら悪魔とはいえ、女性の人型を燃すのは気が引ける。
「これで更に付き纏って来たら、話が違うって事で取り返せるだろ。俺は攻撃仕掛けるつもりは無い」
「いつの時代も女性は強かなものさ……ペテンするにせよ口説くにせよ、諜報員なら丸腰だろうが武器も有るからね」
「何だよそれ」
「自分で考えて御覧……さて、早速僕は愚鈍な君の尻拭いでもしてくるかな」
 俺が云い返す前に、外套を翻してリャナンシーの傍らにするりと歩み寄るライドウ。足元の黒猫よりも、滑らかな動きをしていた。
 と、みるみる内に誘われるリャナンシー。俺が目当てだと先刻述べた唇は、ライドウの言葉に三日月の様に撓んでいる。新月の暗闇なのに、ライドウの足取りは普段と違わず流麗だ。
「呆れた、さっきまでは俺に付き纏ってたのに、次の瞬間別の男か」
 ぼそりと零せば、ゴウトの尾がはしゃいだ様に揺れた。
『リャナンシーは気になった男性しか視えぬ、今では恐らくお主なぞ眼中にも無いだろう』
「清々した」
『本当か?』
「嘘吐いてどうするんですか」
 一体何処まで連れる気なのだろう、銀楼閣の扉をさりげない動作で開いて招くライドウ。エスコートされたリャナンシーは、それはそれは御機嫌そうで。
 部屋に連れ込んだなら、俺はもうこの建造物からすぐにでも退散するつもりだったのだが。カツカツと靴音は屋上まで続いた。開いた扉の先、街中よりも明るい。此処一帯では高い部類の銀楼閣だ、星空が天蓋の様に近い。
『あらあら、星空の下で睦み合うなんて、ロマンティックね、悪魔にもこんな気障は居ないわ』
「フフ、僕の悪魔が失礼した様で……女性の誘いを断るにせよ、無下に断るとは芸が無い」
『そうよ、ダイヤモンドは純愛の証って、きっと知らないのね。結婚の指輪にも使われるのに』
「では、其れは僕に戻してくれはしないかい?」
『折角頂戴したのだから、戦利品にしたいわ。嫌よ、返さないわ』
「玉砕の記念を所有したいのならば、結構だが」
 そんな事を冷たく云い放つ割に、ライドウの手は外套を伴いリャナンシーの腰に回る。その仕草を後ろから見ていて、背筋がぞぞっとした。
『何をお主、猫じゃらしで擽られたみたいに』
 ゴウトの揶揄を無視して、手摺に肘を置き空を眺める二つの影を、俺は睨みまくっていた。
 空の星が邪魔だ、逆光になってしょうがない。
「どうせ永い命だ、物より記憶に嗜好を凝らしては如何だい」
『星空のデートなんて何度もしたわ……天の川の下で、プロポーズだってされたのよ』
 不満そうな声音を発するなら、お前も擦り寄るな、痴女。
「天の川? ヘーラーの母乳の下でプロポーズかい」
『それ、何のお話だったかしら』
「ゼウスが浮気相手との子供ヘラクレスに、正妻ヘーラーの乳を与えようとした。ヘーラーの寝込みを狙ってね」
『ヘラクレスに強大な力を授けたくて……だったかしら? 彼女の母乳は不死の力が宿るのよね、確か』
「そう、そしてヘーラーは母乳をぶち撒けた……あまりに此処を強く吸われ、覚醒と共に突き飛ばしたのさ」
『あっん、もう』
 リャナンシーの腰に回っていたライドウの手が、語りと共に流れていた事に気付けなかった俺。
 ヘーラーが吸われたというその箇所を、抱き寄せた指先で甘く引っ掻いたのだ。背中しか見えない、おまけに逆光。そう、これは勘だ。絶対あの男は触ってた、リャナンシーの……
「ち…ち……っ」
『ち?』
「畜生……っ」
『どちらに対しての羨望だ、お主』
 ゴウトの突っ込みなど、最早右から左、流れ星より速く流す。じんわりと滲み出るMAGで判る、リャナンシーはとても高揚している。
「しかしジューン・ブライドとはよく云えたものだね。浮気され放題のヘーラーの加護なぞ受けては、痴情の縺ればかりになりそうではないかい?」
『……そうね、でも、人間の女性が憧れる気持ちも……解るわ』
「六月の花嫁? しかし日本國ではこの時期、高温多湿。あまり式を挙げるに相応しいとは思えぬが」
『そんな現実的な事より、六月の庭園でダイヤモンドの指輪を嵌めて貰うのが、きっと理想よ』
「ダイヤモンドね……どれ、ひとつ貸して御覧」
 リャナンシーの指先から、カチリと知恵の輪を取り上げるライドウ。数秒眺めた後、それを一瞬で分解した。
『それ、もう何時間も弄ってたのに!』
「しっかり見たのかい? やたらに弄っては更に絡ませるだけに終わるだろう?」
 哂いながら、奴がその数種類の環の中で、ひとつだけを天に掲げた。反射で判る、円ではなく菱形の環。
「アークトゥルス、スピカ、デネボラ、そこに猟犬座のコル・カロリを加える」
 星と星を繋げて、その環に重ねて見ているのか。ライドウの手にする菱形を覗き込もうと、顔を寄せるリャナンシー。
「六月手前に一番輝く、春のダイヤモンドだ」
 その耳元に囁いたと思った瞬間、ライドウがMAGの吐息を含ませたキスをした。
 
 
「どんだけ気障で破廉恥野郎だよ」
「おや、たったあの数分ばかりでダイヤモンドが戻ったのだよ? 分給にして数曼円哉」
「其処じゃない」
 夜明け前、このまま寝ずに過ごそうとする夜行性のデビルサマナーに、嫌々珈琲を淹れる。カフェインの摂取が必要という訳では無いが、先刻じりじりと喉の奥から這い上がってきた何かを嚥下したかった。
鳴海のカップを拝借して、自分の分も注ぐ、隣の窓が蒸気で曇る。
 先刻、リャナンシーは夢見る乙女が如く骨抜きになって、大人しく帰っていった。彼女が出て行った瞬間、俺は指でパチパチと火打石をして、扉をがっちりと閉めた。
(もう御免だ、二度と会いたくない)
 と、応接室からカチリカチリと金属音。あの知恵の輪かと思い、カップを手にしたまま慌てて音の出所に臨んだ。
「紛らわしいんだよ!」
 ライドウが、テーブルの上でダイヤモンドを弾いていただけだった。弾かれたダイヤが並べられた管に当たって、これまた似たような音を立てた。
「ふむ御苦労、功刀君」
「表面的な感謝するくらいなら〝飲みたいねえ〟とか云いながら俺を見るな。淹れなきゃ蹴ってくるのあんただろ」
「そうだね、僕の分のカップを手にしている時には、蹴る可能性が低いと捉えてくれて構わない」
 ち、と舌打ちして、やや乱暴にライドウの前にそれを置く。揺れた珈琲の面が、一瞬氾濫しそうになる。
「最初からMAG与えて、取返せばいいじゃないか」
「最初〝戦利品〟と云ってたろう? あのニュアンスだとダイヤモンドとしての価値よりも、付随するイベントに重要性を見出している」
「だから気分良くさせて、引き換えに?……馬鹿馬鹿しい」
「短絡的に呉れてやった君の云えた台詞かい?」
「ずっと銃片手に、よくイチャイチャ出来るな、この悪魔」
「僕とて、いつ君が焔を背に打ち付けてくるものかと、それこそ半分以上期待していたのだがね」
 管を磨き終えたライドウが、カップの蔓に指を掛けた。あの緩やかな指先の動きは、愛撫のそれに似ている…………くそ、まだ飲んでもいないのに、耳が熱くなってきた。
「ま、別に灰にしてくれても、構わなかったがね」
 哂うライドウに、更に腹が立つ。
「口説いてた悪魔が次の瞬間隣で燃えてても、呵責も無いのかあんた。」
「油断した時は何があっても文句無し、それを踏まえた上でのデェトさ」
「俺がやったらあんた、ダイヤモンドごと燃やす事になるんだぞ? 取り返す事もなく、デートの労力もパーだ」
「ダイヤモンド……純愛の証と云うが、物質的には炭素だよ? 燃せば結晶の構造は崩壊し、只の二酸化炭素になるのさ」
「取り返した割にあんた、軽視してないか、コレ」
 テーブルに転がる輝きを、俺も指先で軽く弾いてみた。交渉などで、あまりにも悪魔達が頻繁に持ち出してくる所為か、おはじきやビー玉の様にすら感じる。
「希臘の言葉でadamas……〝征服不可〟〝懐かぬ〟そんな意を冠する石を花嫁に贈り、浮気され放題の嫉妬に狂うヘーラーの加護で祝う六月に乾杯」
「そんなに嫌いなら、あのまま渡しておけば良かったじゃないかよ、ダイヤ」
「だって功刀君、云ったろう?〝ダイヤモンドとしての価値より、付随するイベントに重要性を見出している〟とね」
「リャナンシーの話じゃなかったのかよそれ」
「少しはそのリャナンシーに従属して貰い、感性でも養ったら如何かね? 口説き文句のひとつすら持たぬとは、マガタマの恩恵は其処には現れぬのだね、可哀相に……ククッ」
 この野郎、俺が一瞬でフられて不貞腐れてると思ってるのか? 確かに、あの移り気には苛々させられた、が……俺は悪魔なんかお呼びじゃないんだ。
 石堤防に座った事を思い出し、この袴でソファに腰を下ろすのは止めにした。いいや違う、それ以上に、ライドウの向かいなんざに座りたくないんだ、きっとそうだ。
「上で飲む」
「もうじき明けてくるよ? 天の川すら拝めぬ、そして日の出は眩しくて眼に痛い、そんな屋上に価値があるのかい」
「あんたが居ない、あんたの部屋じゃない、それだけで充分ある」
「好きにし給え、僕はもう先刻愉しませてもらったからね、背に灼けつく様なMAGの気配」
 そういえば、どうして今ライドウに断りをいれた? こんな男の許しなんか得る必要無いだろ。自分にも苛々して、カップ片手に事務所のノブをガチャリと強く回した。あの環が脳裏に蘇る、しばらく金属音に神経質になりそうだ。
「おや、夜が明けても此処に在ったね“milky way”」
 ふとその言葉に振り返る。カップの水面を見下ろすライドウの、その視線を辿り気付く。自分のカップをつられて覗き込む、珈琲に散ったミルクが、ヘーラーの母乳みたいだった。
「こ……の、気障!」
 奴の交渉で気分を良くする女性悪魔の気が知れなくて。
 火照る頬を冷ましに、屋上への階段を日の出よりも早く昇ろうと、足を速めた。
 
 
-了-

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